第25話 魔竜兵と“獣”

「なッ!?」


 驚愕の声を漏れる。

 声の主は、グウェールだ。


 爪が、深く食い込む。


 奴の攻撃が突き刺さる寸前に、俺が腕を受け止めたのだ。そのまま腕を握り締め、指先が鱗を砕いて、爪先が食い込む。グウェールが押し込もうと力を加えてくるが、押し返す。竜の腕が、びくりとも動けずに震える。


「あ~~、くそ……。こんな予定じゃあなかったんだけどな」


 そう、こんな展開にしたくはなかった。避けながらも、できるだけグウェールに「攻撃を当てさえすれば勝てる」と思わせておきたかった。時間も稼ぎやすいし、油断の分だけ隙も生まれやすい。

 あくまでも、グウェールが優位な状況だと誤認させておきたかったのだ。

 でも、速さだけじゃなく、力でも俺の方が上だと。ここからは奴も警戒して動くだろう。


 案の定、グウェールは無理矢理に腕を振り解くと、俺から距離を取った。腕を押さえながら、憎々しげにこちらを睨んでくる。


 その間に、俺は足元のネックレスを拾う。よかった、壊れたりはしていないようだ。


「なるほど、大口を叩くだけはあるというわけか」


 思考を遮り、グウェールが口を開く。こちらを見据えながら、足を開いて身構える。やはり先程までの油断は消えてしまったようだ。

 けど、一番の懸念であった、母さんたちを人質に捕らえようという気は起きていないようだ。ならば、ひとまずは安心といった所か。


「だが、貴様は所詮人間。我らに勝てる道理などない!」


 グウェールが咆え、牙を剥く。天へ向け、顎を開く。まるで世界を飲み込まんと言わんばかりに。


 竜の口内に、魔力が渦巻く。それは朱を帯び、熱を生む。渦は玉となり、灼熱の光球が竜の口腔で膨らんでいく。


「なんだよ。まるで、自分は人間じゃあないみたいな言い草だな?」


 拾ったネックレスを懐の内へしまいながら、尋ねる。火球から放たれる熱波は徐々に強さを増し、すでにこちらの肌を焼きつけてくるほどだ。


「当然だろうが。見ろ、この姿を! 人間など、この爪の一薙ぎで身が裂ける。足の一踏みで、形も残らず潰れてしまう。人間は、竜の前では矮小で無力な虫けらも同然! 俺は、我ら魔竜兵は、人間を超えた存在なのだ!」

「でも、俺はまだピンピンしてるぜ?」

「ああ、わかっているさ。だから見せてやろう! そして思い知れ! これが――竜の力だ!」


 グウェールの口がこちらへ向き、火球が解き放たれた。

 圧縮されていた炎が決壊し、球から波へと変じて眼前に広がる。暴力的な光が辺りの闇の全てを塗り潰し、俺の視界を焼く。そして次の瞬間には、炎の本体が、周囲の悉くを巻き込み、俺の身そのものを飲み込んだ。

 圧倒的な威力の灼熱に包まれ、木々や家の残骸は、誇張なく一瞬で燃え尽きた。後には灰も残らない。石さえも形を保てずに赤く溶けていく。

 一息の間に炎は眼前の空間全てを蹂躙し、目の届く一帯は、まさに火の海と化していた。


「かはっ、カハハハハハハハ! どうだ!? これが竜の力だ! これが魔竜兵だ!」


 紅蓮に染まる夜の闇の中で、グウェールが高笑いを上げる。


「そう、これだ! これこそ我らが手にした力! 最強の力だ! 我らが人間を捨てて、家を、家族を、友を……故郷を……全てを捨てて、引き換えに手に入れた力なのだ。この世で最も強大な、価値ある力なのだ。でなければ我らは……それを戦争が終わったからと……」


 最後の方は誰かに向けてではなく、ぶつぶつと、竜へ変身する前のような調子で呟く。

 そのうわ言の如き言葉を切り裂き、



「そいつは、八つ当たりってもんじゃねぇのか? 巻き込まれる方の身にもなれっての」



 声を刺す。グウェールにとっては、届くはずがなかったのであろう声を。


「なっ!?」


 眼前を覆っていた炎壁を切り裂く。圧倒的な威力を思わせていた炎が、紙のようにあっさりと断たれ、火勢を上回る暴風に巻き上げられて、無残に散っていく。


 視界が開かれ、俺とグウェールの目が合う。奴の表情は、驚愕に染められていた。

 俺は、振り上げた手を下す。“力”を込めた一振りで、纏わりついていた炎を吹き飛ばしたのだ。熱の一切も“力”で阻まれ、俺の身に火傷の一つさえ負わせることはできていない。


「ば、かな……ばかな、バカなバカなバカな、バカなっ!? 魔竜兵の、竜の炎だぞ!? 無傷でいられるはずが」

「竜の炎って言っても、所詮は紛い物だろう? ――俺が昔殺したドラゴンが吐いてたのは、こんなもんじゃあなかったぜ?」


 その一言に、グウェールの瞳が、今度こそ限界まで見開かれる。

 もっとも、例によって、「今思い返せば、前世で戦ったあれはドラゴンだったんじゃあ、ないの、かなぁ……?」ってくらいに不確かな記憶なのだが。それをわざわざこいつに教えてやる必要はない。これで少しでもビビってくれればシメたものだし。


「な、なんなのだ……。お前は、一体……?」


 先刻までの自信と自惚れに満ち溢れていた態度から一転、グウェールの内に恐怖が込み上がっていくのがわかる。身をわずかに震わせ、よろめくように一歩、後退ろうとして、


「動くなッ!」


 俺が発した一喝に、反射的に竜の足は踏み止まった。

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