第16話 発見、そして

「まさか、本当にいるとは……」

「そりゃあ、本気で探したし」


 騎士団の隊長と並んで草藪に身を隠しながら、前方を見つめる。


 山間に現れた小さな崖の一つに、大人がちょうど立ったまま通れるほどの横穴が空いていた。その入り口には、槍と弓矢を持った男が一人ずつ立っている。どちらも煤けた粗末な服と申し訳程度の鎧で身を包んでいる。


 捉えた痕跡を辿り、たどり着いたのがこの洞窟だ。見張りがいることからも、ここが山賊の潜伏場所で間違いないだろう。


「それにしても、私は捜索に数日はかかるだろうと見込んでいたのだぞ。それが、陽が落ちる前に見つけてしまうとは」

「俺は、夕飯までには帰りたいんだよ。母さんの料理を三食とも食いっぱぐれるなんて冗談じゃねぇって。……けど、妙だな」


 山賊に気取られないよう小声で囁き合いながら、俺は鼻をひくつかせる。


「? 何が妙なのだ?」

「臭いの数が合わないんだよ」


 山賊の残党の数は、30人前後という話だった。俺が捉えた痕跡も、確かにそれくらいの規模の集団が残すものだった。


 しかし、洞窟の内部から感じる、今あそこにいる臭いは、その半分以下だ。他の者は、どうやら洞窟から離れているようだが、その移動の痕跡も奇妙だ。全員が、バラバラの方向へ動いている。


 まるで、追跡者に悟られないため、意図的にそうしているかのように。


「……まさか!?」


 話を聞いた騎士隊長は、顔色を変えた。目を剥き、額に脂汗が一瞬で噴き上がった。


「全員、抜剣! 直ちにこの場を制圧する!」


 隊長が叫び、控えていた他の騎士達も立ち上がる。一斉に装備を構え、山賊の根城へ雪崩れ込んでいく。


「お、おい、いきなりどうしたんだよ!?」

「君はそこにいろ! ミルトン、彼のそばを離れるな!」


 俺の問いには答えず、隊長も飛び出す。残ったのは、俺の護衛役のあの騎士だけだ。彼も顔を強張らせ、なぜか俺の体を押し留めでもするように、俺の前からぴったりと背を押しつけてきた。離れるなったって、くっつきすぎだろ。


 その後、金属がぶつかり合う激しい音と怒号が何度か響いたが、数の優位もあり、洞窟内の山賊はいくらもしない内に制圧された。もっとも、俺は相変わらず外で待機させられており、内部の詳しい状況はわからないが。

 何にしても、これで一段落ついた。急いで戻れば、夕食までには間に合いそうだ。


 そう、思ったのだが、


「他の奴らはどこへ行った!? 答えろッ!」


 鋭い、ともすれば割れそうなほど張り詰めた声が、洞窟内から響いてきた。驚いて内部に目を凝らしてみれば、騎士の隊長が、山賊の一人を組み伏しながら詰問していた。


「くっ、ちっくしょうがァ……。来るの早すぎんだろうが。これじゃあ予定が……まあ、いいか。どうせ、俺にはもう関係ねぇもんな」

「質問に答えろ! 他の奴ら……グウェールはどこに行った!?」

「へへへ。もう大方の予想はついてるんだろう、騎士様? かしらなら――」


 山賊が、からかうような声で笑う。他の人なら聞き取れないであろう距離だが、俺は耳もいい。聞き漏らさないよう、耳をそばだたせていると、


「――頭なら、麓の村に向かったよ」


 …………何? 今、あいつ、なんて言った?


「な、なぜだ。今更何が目的で……金か、それとも食料か!?」

「ちっげぇよ。村の人間をよ、攫って人質にするんだとよ。このまま単純に逃げたんじゃあ、いずれ捕まっちまうからな。でも、無力な村人を人質にすれば、民の味方である騎士様はおいそれと手出しできねぇだろ?」


 山賊が、可笑しそうに、あるいはやけっぱちに語る。

 人質? 俺の村の人間を? つまり、みんなを、襲いに行ったってこと、か?

 そう考えた瞬間、心臓がドクンと、大きく跳ねた。


「俺らは、それまでの間、追っ手を惹きつける囮役ってわけさ。手傷を負った足手まといは、ここに残れとのご命令でな」


 鼓動が乱れる。呼吸が大きく、速くなる。洞窟から聞こえる会話は、聞こえているのに、頭に入ってこない。


「バカな、貴様らのような外道が仲間を逃がすための囮になど……。頭のグウェールは、それほどの人物だと言うのか?」


 いや、大丈夫だ。村にはベンさんが警備を敷いているはずだ。今日は狩りも自粛するって言ってたから、父さんたちも残っている。ちっとやそっとで――


「んなわけねぇだろ。頭に逆らったら、その場で殺されちまうからな。お縄になった方がマシってだけさ。あの人は完全に頭ブッ飛んでるからよぉ、きっと今頃村の連中も……ヒヒヒ」


 その一言を聞いた瞬間、頭の中が焼き切れたような気がした。思考が熱に溶け、足が勝手に跳ねた。


「あっ、ティグル君!? 待つんだ、おい!?」


 慌てて制止しようとした騎士の手を振り払い、森に飛び込む。木々の間を、全速力で、村までの最短の道を突っ切る。


 頼む。頼むから、間に合ってくれ!


 頬を枝葉で切りながら山を駆け下りる中、空の色は、夕焼けの茜から宵の紫へと移ろおうとしていた。

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