第15話 俺は鼻が利く

「で、ネフィデルの町から来たとしたら一番最初に通るのがここ。もちろん、迂回したり森を掻き分けて進んだりしたら話は別だけど」


 俺は騎士達の先頭を歩きながら、現在歩いている道の解説をしていた。


 村を出た俺達は、まずは盗賊の足跡を辿ってみることとなった。騎士が掴んでいる山賊の最後の目撃情報から、順に手がかりを探っていくためだ。


 ちなみに、村の入り口まで来ていたのは騎士の一部のみだったようで、村の外には50を超える騎士が待機していた。今はその全員が俺の先導で進軍し、状況に応じて散開して捜索する手筈になっている。


 しかし、このグウェール山賊とやら、話を聞くと相当に厄介な連中らしい。

 そもそもは、魔導戦争が終結した時に敗残兵や傭兵なんかが集まった野党だったそうだ。その後も、各地から犯罪者やならず者が流れ込み、どんどん巨大になっていったのだとか。

 奴らは山賊とは名ばかりで、特定の拠点を持たず、ここいらの国を絶えず移動しながら略奪を繰り返していたのだという。終戦したのは三十年以上前なので、それほどの期間捕らえられず、国内外を荒らし回っていたのだから、それだけでいかに危険な連中か知れる。


 ただ、戦後の復興も粗方終わり治安が安定した近年で徐々に力を削がれ、ついには先日、大掛かりな討伐作戦が実行されて、一味の大半が捕縛されたのだそうだ。しかし、肝心の首領は残った部下と逃げ延び、それが俺達の村近くに潜伏した、というのが事の次第らしい。


「でも、残党とはいえ見過ごすことはできないよ。奴らの凶悪さは、そこらの賊とは比較にならないんだ」


 そう語るのは、俺のすぐ斜め後ろに付いて離れない若い騎士だ。

 副隊長補佐という微妙な立場の彼は、俺の護衛という大役を仰せつかったそうな。騎士ではない俺を間違っても傷つけるわけにはいかないとの配慮かららしいのだが、現状、退屈しのぎの話し相手にしかなっていない。


「実は、ここまで逃亡してくる間にも、いくつかの村が奴らに襲われたんだ。食料目当てだったみたいだけど……ひどい有様だったよ。家や畑は火を放たれ、無抵抗な村人にまで手をかけて。奴ら、略奪を楽しんでいるとしか思えない。あんなことを繰り返させないためにも、一刻も早く連中を捕らえないとっ」


 話しながら、騎士が固く手を握り締める。唇まで、力が入りすぎて細かく震えていた。

 見れば、他の騎士も、彼ほど露骨に感情を剥き出しにしてはいないが、瞳に剣呑な輝きを宿していた。荒れ狂う感情を、騎士という鎧で押し込めている、あるいは研ぎ澄ませているような光だ。

 一時は、こんな危険なことに俺らを巻き込むなと反感を覚えたが、それも、山賊を少しでも早く捕まえて、二度と惨劇を繰り返せまいとの思い故のことだったのだろう。


 ……しゃあない、か。手伝うことは、もう決まっちまったんだし。その山賊をなんとかしないことには、俺達も安心して狩りに出られないからな。


「……なんかさ、他に手がかりとかないのか? こうして闇雲に探してても、埒が明かないだろ」


 一度深く息を吐いてから、俺は後ろの騎士に向き直った。どうせ探すなら、さっさと終わらせてしまいたい。


「手がかりと言ってもな。私達としても、奴らの目撃情報を辿って、ここいらに潜んでいるということを掴んだばかりだし。後は……これくらいか」


 眉を曲げながら騎士が取り出したのは、一枚の布だった。手のひらくらいの大きさのボロ切れで、半分ほどに赤い染みがついている。


「なんだこれ?」

「この領内に奴らが侵入してきた時、領境を警備していた騎士と小競り合いになってな。敢え無く突破されたんだが、いくらかの手傷は負わせられたらしい。その時に奴らの服の一部が槍に引っかかっていたそうで、これがそうなんだ」

「あのよぉ……それをさっさと出せよっ!」


 呑気に説明する騎士から、血の染み込んだ布切れをふんだくる。そんな大事な手がかりがあるのだったら、最初から教えろってんだ。


「いや、でも、うちの騎士団には高位の探索魔法を使える魔法士がいなくてな。王都からの応援が合流するまでは使い道がないだろう?」とかなんとか後ろで言っているが、無視だ無視。

 俺は奪った布を広げる。そして、思いっきり鼻を押しつけた。


「えっ、ちょっ、君何を」

「俺はな、鼻が利くんだよ。アルフォンス2世には負けるけど」

「……誰だい、そのアルフォンス2世って?」

「ベンさんが飼っている犬」


 けど、逆に言えば、犬と比較できるほどには、匂いに敏感なのだ。


 鼻から何度も空気を吸い、布に残った血と、汗の臭いを、拾い上げる。

 臭いを覚え、布から顔を離す。

 即座に、四つ這いになる。次は、地面と、大気中に漂っている臭いを吸い込む。

 億万もの臭いの中から、目的の臭いを探す。覚えた血と汗の臭いだけじゃあない。例えば、剣や矢の鉄の臭い、あるいは嗅いだことのない体臭(俺は、村に住んでいる人の臭いなら全員嗅ぎ分けられる)や衣服についてきた他の土地の臭い、少しでも知らない臭いが混じっていないかを鑑別していく。

 同時に、嗅覚のみではなく、獣が立てるものとは異なる音、見たことのない足跡、搔き乱される空気の流れ、あらゆる感覚を研ぎ澄まし、いつもの山と違う、異常を探知していく。


「…………見つけた」


 そして、ついに、糸口に触れた。逃さぬよう、糸を手繰り寄せ、糸に引かれるように駆け出す。


「お、おい!? いきなりどうしたんだ!?」

「だから、見つけたんだよ! 早くついてこい!」


 怪訝な顔ながら黙って見ていた騎士が、急に動き出した俺に困惑している。けれど、悠長に説明している暇はない。掴んだ痕跡が掻き消えないうちにたどり着かないと。

 俺は後ろに叫び返しながら、止まることなく山を駆け上っていった。

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