第13話 騎士の来訪

 夜が明けた。

 いよいよ明日は新護の儀。村中がそわそわとし、皆が慌ただしく準備に走り回る。

 そのはずだった。

 しかし、朝になって外へ出てみると、誰も彼もが、村の入り口へと集って足を止めていた。


「何? なんかあったの?」


 俺も騒めいている人だかりの最後尾に加わり、近くの人に尋ねる。


「あっ、ティグル! 遅ぇよ、こっち来い!」


 そんな俺の姿を見つけたテッドが、手招きしてくる。人垣を掻き分け、テッドの傍らまで行くと、ようやく騒ぎの中心が視界に映った。

 周囲を塀で囲んだ村の出入り口である門の前。そこにいたのは、煌びやかな鎧に身を包んだ騎士たちだった。数は十人くらいだろうか。


「すっげぇよな! 騎士だぜ、俺らの村に騎士が来たんだぜ!?」

「……すごい、のか?」


 そりゃあ騎士なんて初めて見たが……俺はむしろ、騎士が来るということは、何か厄介事が起こっているのではと心配なのだが。


「何言ってんだよ! あの人たちが持ってる盾に描かれているの、あれ領主様お抱えの騎士団の紋章だぜ!? いいよなぁ、何しに来たんだろうなぁ……あ、もしかして騎士への志願者を募りに来たとか!? だったら、何としても目に留まらねぇと!」

「え、お前騎士団に入りてぇの?」

「あったり前だろ! 騎士に憧れねぇ男がどこにいるってんだ! それに騎士団に入れりゃあ、こんなド田舎とはおさらばしてでっかい街で暮らせるってもんだ!」


 まさかテッドにそんな夢があろうとは……。俺は村を出ていきたいなんて――一時ならまだしも、ずっと離れて暮らしたいなんて露ほども考えたことがなかったので、なんだか信じられない。

 俺が幼馴染の思ってもみなかった願望に衝撃を受けているのを他所に、騎士の一人が少し前に出て口を開いた。


「突然の訪問に驚かせてしまい、すまない。見ての通り、我々は領主様に仕える騎士だ。この村を訪れたのは、皆に協力してほしいことがあってのことだ」


 この場の全員に聞こえるよう声を張って述べられた口上に、誰とは言わずにざわつき出す。

 まさか騎士から俺たち平民に頼み事をされるとは、夢にも思わなかった。


「あの、騎士様……。協力って、一体……」

「うむ。ご一同も、かの悪名高きグウェール山賊団が我らの領地に逃げ込んだことは聞き及んでいると思うが」


 リーダー格と思わしき騎士が尤もらしく語る。

 が、


「テッド。お前、知ってた?」

「あー……そういえば、行商のおっちゃんが昨日話してたな。おかげで護衛に雇う傭兵代が嵩んで敵わんって愚痴ってたわ。そっか、グウェールっていう連中なのか」


 とまあ、俺ら田舎者の世間の情勢への知識などこんなものだ。他のみんなの反応も、似たり寄ったりである。


「うぅんッ! と、とにかくだ! その山賊というのが、実はこの近隣の山中に潜伏しているとの情報が得られたのだ」


 その言葉に、今度こそ場がどよめいた。

 領内のどこかにいる程度なら「おっかないな」で済むが、近くに潜んでいるとなると話が別だ。身に迫った危機として、事態が圧し迫ってくる。


「皆、安心してくれ。そのために我々が来たのだ。山賊どもは必ず捕らえてみせる。ただ、騎士団の中には、この辺りの土地勘のある者がいなくてな……。そこで協力というのが、村の誰かに道案内を頼みたいのだ」

「はぁ?」


 俺は思わず声を漏らしてしまった。

 つまり山賊退治に誰か付いてこいということだ。


 正直、冗談ではないと思う。身勝手と言われるかもしれないが、山賊退治ひいては領民を守るのは騎士の仕事ではないか。それに当の領民を巻き込まないでほしい。

 他の村人も、大半は顔を顰めたりして、歓迎しがたい雰囲気を醸し出していた。


 ただ、血気盛んな一部の連中だけは妙に色めき立っていた。

 隣のテッドも、「おい、聞いたか騎士に協力だってよ! ここで手柄立てりゃあ、本当に騎士団に取り立ててもらえんじゃあねぇか!?」と、しきりのこっちの手やら肩を揺すってきてウザいことこの上ない。俺、もう帰っていいかな?


「あ、あの。協力って、それ危なくはねぇんですかい?」


 騎士の手近にいた人が、腰を低くして尋ねる。


「確かに、心配なのはよくわかる。だが、協力してくれる者の安全は絶対に保証しよう。やってもらうのは、あくまで居所を掴むまでの山道の案内だ。それに、我らの命に代えても、その者には傷一つつけさせない。騎士の名誉に賭けて約束する」


 騎士が、一度の瞳の揺らぎもなく、まっすぐに見つめ返しながら答える。

 その過剰なまでに真剣な表情に、「だったら」だの「騎士様がここまで仰ってくれてるんだもんな」だのという声があちらこちらで上がり出す。

 おいおい。それでいいのかよみんな……。


「じゃ、じゃあ、誰か一人……えっと、どんな奴でもよろしいんで?」

「ん、そうだな。やはり若者がいいな。それで、この一帯の山道を熟知していて、いざという時に素早く動ける……そう、村一番の狩り達者などだと助かる」


 問われた騎士が、顎の手を当てて坦々と、贅沢な注文を挙げていく。


「若者で」

「山道を熟知していて」

「すばしっこくて」

「狩りが上手い」


 条件を一つ一つ確認する村のみんな。そして、一斉に、ざあっと、全員が振り向いた。


「…………へ?」


 最後尾で、早く戻らんと朝飯冷めちまうよ母さん怒ってるかなぁ、と考え始めていた俺の方に。

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