第9話 コリンとポリン
ぞわりとした悪寒が背筋に走る。
本能が告げる。
これは、誰かに見られている感覚、そして何かが迫っている感覚だ。
反射的に手が動いた。
飛来してくる物の軌道を捉え、その速度が避けるに値しないことを考えるより早く悟って、空中で掴み取る。
手のひらを開き、飛来した物の正体を見る。
「? 胡桃?」
飛んできたのは、小ぶりの胡桃だった。
「あでっ!?」
「いつッ!? なんだぁ!?」
疑問に考えを巡らせるより早く、今度は周りの連中に胡桃が飛んでくる。これは、見事に全弾命中だ。
「やったー! ざまーみろー!」
「ぷぷぷ、見てあの変な顔ー!」
次いで飛んできたのは、楽しそうな幼い二つの声。
「ああー! コリン、ポリン、お前らの仕業か!?」
テッドが、胡桃の飛んできた方向にいる二人組を見つけて、声を荒げた。
二人は、物見櫓へ上る梯子の中程に腰掛け、こちらを見下ろしている。その右手には、木の枝で作ったパチンコが握られている。
コリンとポリンの二人は、村に住む双子の兄妹だ。
年は、今年で八歳になるのだったろうか?
二人とも絵に描いたようなやんちゃ者で、こうして毎日のように悪戯を仕掛けてくる。
どちらかというと、兄のコリンが実行犯で、妹のポリンが参謀役といった感じだ。
「いでっ!? こ、こらーお前ら! 降りてこい!」
「このクソガキども、とっ捕まえてや、ぶほっ!?」
テッドを筆頭に、胡桃弾を食らった連中が、双子を懲らしめようと物見櫓に押し寄せる。
が、その過程でも何発も胡桃を食らい、ようやっと梯子に手をかけたかと思うと、今度は梯子に油を振り撒かれ、滑ってきれいに落下していく。真下にいたテッドは、見事に下敷きにされた。
そんなやり取りを数度繰り返して、なんとか一人が梯子を登って双子の真下までたどり着いた。
後は手を伸ばしてコリンの足を捕まえるだけ、と思った瞬間、双子は物見櫓の骨組みに括り付けたロープを伝って、あっという間に地面へ逃れてしまった。おまけに、去り際に梯子の足を蹴り飛ばしていった。
バランスを失した梯子は、登っていた連中を乗せたまま倒れる。そして、その真下にいたテッドが、またしても下敷きになった。
その後も、逃げる双子を捕まえようと皆がこぞって追いかけるが、そのすばしっこさに翻弄され、また、いつの間にか仕掛けられた落とし穴などの罠にまんまと嵌り、てんで捕らえられない。むしろ、二人に遊ばれている。
まったく、何やってんだか。
「トマス、一旦降ろすぞ」
「え? お、おお」
俺は、担いでいた鹿を地面に降ろす。
荷物をトマスに任せて、俺も双子のお仕置きに参戦することにした。
年長者として、バカにされっぱなしというわけにもいかんだろうからな。
一丁、お兄さんのすごい所を見せてやろう。
「さて、と」
唇を軽く舐め、双子の位置を確認する。
そして、一気に飛び出す。すっかり振り回されて疲れ果てた仲間を抜き去り、双子に迫る。
「っ、やばい! ティグル
「あ、慌てないで! 作戦通りに!」
俺の参戦に気づいた双子の動きが変わった。
これまでは物見櫓周辺で円を描くように動いていたのが、脇道に入ってまっすぐに走っていく。
脇道の先には一軒の民家があり、それを迂回するよう丁字に道が分かれていた。
双子は、その丁字で二手に分かれた。
一見、一方を追わせている間に、もう一方が逃げ果せる作戦のようである。
が、あの双子はそんな作戦は立てないだろう。
あの双子にとっては、二人で逃げ切れてこそ悪戯の成功なのだ。そういう連中なのだと、俺はようく知っている。
なんせ、毎日のように仕掛けてくる悪戯をことごとく打ち破ってやっているからな。
大方、一人が俺を惹きつけている隙に、とびっきりの罠でも準備するつもりなんだろう。
だが、そうはさせん!
俺は、分かれ道のどちらにも進路を取らず、速度を上げて直進する。
突き当りの家の玄関先には木材が積まれており、それに足をかけて、跳躍。屋根の上まで飛び上がる。
一階平屋建ての低い建物なので、これくらいの高さを飛び越えるのは、俺には朝飯前だ。
屋根の上から、双子の様子を窺う。
コリンもポリンも、自分の方に俺が来ないから、もう一人の方を追っていると思ったらしい。二人とも、道の脇に隠してあった物を引っ張り出そうとしていた。
双子が取り出した物は、桶一杯に入ったウルチという樹液だった。
ウルチは、塗って乾かすことで強力な接着剤になる便利な物だ。
だが、液体のまま肌に付くと、皮膚がかぶれ、三日三晩は悶えるほどの痒みに襲われる、非常に取り扱いに気をつけねばならない代物なのだ。
あいつら、あれを俺にぶっかける気だったのか……!
まったく、なんて恐ろしいことを考えるガキどもだ。これは――たっぷりお仕置きをしてやらねばな。
双子は互いに、一方が俺を引き連れて通りかかるのを待ち構えて、物陰に隠れていた。
しかし、当然一向に現れない。
不安になったのだろう、ほぼ同時に潜んでいた場所から出てきた。
さすがは双子、行動がタイミングまでぴったりだ。
様子を窺いながら道を進み、家の裏手に回った所で、兄弟はばったり顔を合わせた。
どちらの後ろにも俺の姿がないことに目をぱちくりさせ、「なんで?」と口にしようとした瞬間――俺は、颯爽と屋根から飛び降りた。お互いに駆け寄り、顔を突き合わせた双子の真横に、わざと音を立てて降り立つ。
「……あれ?」
「ティグル、兄?」
コリンとポリンが、目を丸くして見上げてくる。
俺は黙って、ただ、にっこりと満面の笑みを返してやる。
まばたきほどの間、静かな時間が流れ、次の瞬間、双子は慌てて回れ右をした。
もちろん、逃がすわけがない。二人の足を掴み上げ――脇や横っ腹をくすぐり回してやった。
「ちょっ、やめ、っぷ、ぷはは、あはははは!?」
「く、くすぐった、ぷぷぷっ、きゃはははははは!?」
双子は笑ってしまうのをなんとか堪えようとしていたが、こちとら二人がよちよち歩きの頃から知っているんだ。こいつらが弱い所など一から十まで把握している。
俺の的確なくすぐり攻撃にすぐ耐え切れなくなり、笑い転げた。
「どうだー!? 少しは反省したかー!」
無理矢理笑わされ、息苦しさのあまり目から涙が滲み出した辺りで、双子に問う。
これでさすがに懲りただろう、と思ったのだが、
「だ、誰がー! は、反省なんか、ひぃ、するもんかー! ティグル兄のアホー!」
「そ、そうだそうだー! くっ、くくくっ、こんなの、へっちゃら、だもーん! ティグル兄のへっぽこー!」
双子は顔を真っ赤にしながらも、意地を張り続けていた。
それどころか、ますます生意気な悪態を吐いて、俺を罵倒してくる。
まあ、手も足も出ないから、口で反撃するしかないのだろう。
最後のかわいい抵抗だと思って、聞き流してやろう。
「ティグル兄のマヌケー!」
「おたんこなすー!」
「スカターン!」
「万年お気楽頭ー!」
「うんこ野郎ー!」
「マザコンー!」
「って、だから誰がマザコンだコラー!」
「「きゃあああーーーー!」」
もう勘弁してやらん! 泣いて詫びるまでくすぐり倒してやる!
「……なーにやってんだ、あいつ」
「結局、一緒になって遊んでんじゃねぇか、ティグルの奴」
「まあ、ティグルだしなー」
「頭の中身が双子と同レベルだもんな」
「精神年齢幼児で止まってんだよ、あいつ」
そんな俺たちの様子を眺めて、テッドたちが何やら呟いている。
後で、あいつら全員のケツ蹴り上げてやる。そう心に決めながら、俺は双子へのくすぐり地獄を続行した。
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