第8話 魔導戦争

 マザコンなどという不名誉極まりない疑いをかけられ反論するも、聞き入れてもらえず、しばらくギャーギャーと言い合っていると、


「おお、戻ったのかお前ら」


 話の腰を折り、しかしそれを全然気にする様子もなく、男が近づいてきた。


 髪にまばらに白髪が混じった、初老の男性だ。


「げっ、ベンのジジイ……」


 男が誰かを認めると、テッドが露骨に顔を顰めた。


 話しかけてきたのはベンさんだった。びっこを引き、右足を体全体で持ち上げるようにして歩いてくる。


 ベンさんは、昔に戦争へ行き、そこで足を負傷したそうだ。

 でも、この村では数少ない軍人経験を買われて、村の見回りや警備の仕事を任され、それなりに頼られて暮らしている。他にも、元々がかなり腕のいい猟師だったこともあり、俺たち若い連中に狩りの指導をしてくれていたりする。


 ただ、口うるさい所があったり、自分の軍人時代の自慢話が多かったりして、俺たちの仲間内では嫌っている奴も多い。

 俺は、他の人からは聞けないような話を教えてくれるので、結構好きなんだけど。


 ベンさんは、他の連中の間を割って通り、俺とトマスが担いでいる鹿の尻を叩いた。


「ほう、こいつはなかなかの大物だな。仕留めたのはどいつだ?」

「ティグル、ですけど」

「ははは、やっぱりそうか! だろうなとは思ってたんだ! ここの所、大物を獲ってくるのは、いつもティグルだからな!」


 何がおかしいのか、豪快に笑い出すベンさんに、テッドが「だったら聞くなよ」と小さく呟く。

 そういえば、お調子者のテッドは、昔からベンさんの雷を落とされることが多くて、人一倍嫌っているんだっけか。

 逆恨みだとは思うけど、ベンさんも言い方がきついからなぁ。


「ティグル、お前の腕はもう大人顔負けだ。誇っていいぞ」

「いや~、それほどでも」

「まるで若い頃の俺を見ているようだ」

「え、それはちょっと」


 嫌だ、という最後の言葉はぐっと飲み込む。

 自然と向いたベンさんの腹は丸く出始めている。こうなりたくはない。


「確かに、それは言いすぎか! 何といっても俺は、村始まって以来の腕と呼ばれていたんだからな。軍にいた頃も、平民の星と期待されていてな」


 ベンさんは俺の発言を別の意味に取ってくれたようで、胸を撫で下ろしていると、


「また始まったよ、ジジイの昔自慢」

「もう聞き飽きたっての……」

「そもそも、どこまで本当なんだか」


 みんなは辟易した顔で、小声で文句を囁き合っていた。

 本当に嫌われてんなぁ。


「……そういえばベンさん。ベンさんが戦争に行ってたのって、35年前だよな?」

「ああ、『魔導戦争』な。正確には、終戦したのが35年前で、軍に召集されたのはその4年前だが。それがどうかしたのか?」

「ああ、いや……」


 ベンさんの疑問に、曖昧に笑って誤魔化す。


 魔導戦争は、世界中を巻き込んだ大きな戦争で、20年に渡って続いたらしい。

 ここいらの国は、比較的被害が少なかったそうだが、それでも多くの若者が戦場に駆り出され、ほとんどが帰ってこなかった。うちの村からも、当時の男衆の半分近くが軍に召集されたそうだが、帰ってきたのはベンさんだけだったと聞いている。

「史上、最も悲惨な戦争」と呼ばれる所以が、垣間見える気がする。


 で、なんで俺が魔導戦争のことを気にしたのかというと、俺の前世の手がかりにならないかと思っているからだ。


 俺は一度死に、そして人間に生まれ変わった。


 最初の頃こそ、なぜ人間の姿になっているのか理解していなかったが、さすがに数年が経てばそのことに気づくというものだ。

 始め、人間はみんな俺のように生まれ変わってなるものなのかと思った。しかし、次第にそれが普通ではないことも察した。父さんや母さんも、他にそんな人間と会ったことはないと言っていた。


 ただ、伝説や御伽噺の中には、俺と同じように、前世の記憶や魔力を持って生まれ変わる「転生者」の話が残っている。

 俺も、その転生者の一人なのだろう。


 で、ここで問題なのが、俺が前世で何者だったのかということだ。


 俺は、前世での自分がどういう存在だったのかわからない。


 記憶を失ったわけではない。

 ただ、人間になるまで、自分が何者なのか、考えたことも気にしたこともなかったのだ。


 前世の俺にとって、“衝動”だけが全てだった。


 生まれ落ちた時から絶えることなく突き動かす“衝動”に従い、瞳に映る一切のモノを手当たり次第に破壊し尽くす。

 それが俺の全てであり、それ以外の物事には関心がなかった。

 それには、今襲っている相手が何者で、自分より強いのか弱いのかという情報も、ここが何処で何時なのかも、そして自分が何者なのかさえも知る必要がなかったのだ。


 自我を持たず、己の生死にすら関心なく暴れ続ける怪物。それが、かつての俺だ。


 だけど、今はもう違う。


 人間に生まれ変わって、“衝動”が鳴りを潜め、人並みの知性も得た。


 となれば、かつての自分が何者だったのかも知りたいと思うのだ。


 さて、ここで話を戻すが、俺がベンさんに魔導戦争の時期を確認したのは、俺が前世を生きていた時期と重なるかを考えるためだ。


 魔導戦争は、世界中を巻き込んだ戦争だった。

 あらゆる地で戦闘が起こり、影響を受けなかった場所など、それこそ世界中探してもいくらもないそうだ。


 けど、俺の中には、それを思わせる記憶は一切ない。


 ということは、俺が生きていたのは、魔導戦争が終結した後か、あるいは、それよりさらに古い時代だった、ということだろうか?


 それにしても、なんで自分のことを知るために、こんなに頭を悩ませなければならないのか。

 自慢じゃあないが、俺は考えるのが苦手なんだから、あまり頭を使わせるなよ前世の俺。


 そう一人考え事に埋没していた時だ。


 急に、ぞわりとした悪寒が背筋に走った。


 本能が告げる。これは、誰かに見られている感覚だと。


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