第7話 絶対にマザコンじゃない!

 狩りを終え、俺たちは村に戻ってきていた。


 獲った獲物は、各々が紐で縛って肩や腰から吊しているが、俺が獲った鹿は、木の棒に足を括りつけて二人がかりで運んでいた。


「それにしても、いよいよ明後日が『新護しんご』か~。待ち遠しいな~」


 その棒の一方を掴んで前を行くトマスが言う。


 その視線は、他の村の人とすれ違う度、右へ左へとひっきりなしに吸い寄せられている。

 村の人たちの手には、大きな木材や派手な色の飾りなど、普段ではあまり目にしない物が握られ、皆忙しそうに動き回っている。


 新護の儀というのは、この村での成人の儀式である。


 その年15歳になる者たちへ、正式に村における仕事が与えられると共に、それぞれの親からお守りが贈られる。


 そして、俺たちがその、今年15歳になる世代であり、明後日の儀式が終われば、晴れて大人の仲間入りをするというわけだ。


 だから、近頃はみんなその話題で持ち切りで、ずっとそわそわしている。


「俺は、何を送られるんだろうなあ。カッコいいのだといいんだけどなあ」

「あ、俺は鷹! 鷹の爪がいい!」

「……うち、狸の毛皮を用意してんの見ちゃったんだよ。なんでよりによって狸なんだよ……」


 贈られるお守りは、身に着けられる服や装飾品が基本なのだが、それぞれに意味が込められている。


 例えば、鷹の爪や羽なら力強さ、狼の毛皮なら狩りの上手さ、牛や豚関連なら子宝、といった具合に、親が独り立ちする我が子のために、考えに考え抜いて最後の贈り物を選ぶわけなのだが……ぶっちゃけ、当の俺たちにしてみれば、見た目のカッコよさが一番重要だったりする。


 この贈り物というのは、今後、村での会合なんかの重要な行事には、必ず身に着けていかなければならない決まりなので、なおさら見た目が気になってしまうのだ。


 そんなわけで、大半が期待と、一部が不安と落胆で盛り上がっていたのだけど、


「ふふふ、お前らは本当にお子ちゃまだな」


 最後尾を歩いていたテッドが、不敵な笑いを響かせた。


「なんだよテッド。というか、賭けに負ける度に机ひっくり返すお前に子ども呼ばわりされたくないんだけど」

「贈り物がどうだのと、そんなものは些細なことだって言っているのさ。大人になるってことは、もっと大きな意味があるんだぜ」


 意味深な言葉に、周りのみんなが足を止めて、テッドの顔を見つめた。俺も、鹿を縛った棒を担ぎながら、テッドの言葉に耳を傾ける。


「大人になって、一番重要な変化。それは――結婚ができるってことだ!」


 ……真剣に聞いて損した。もったいぶって何を言い出すかと思えば、そんな当たり前のことかよ。


 そう思っていたのだが、


「そうか! それを忘れていた!」

「大人になれば、結婚が許される! つまり、堂々と女の子と付き合えるってことか!?」

「ひいては、その先のムフフな展開も!?」


 他の連中はざわつき、声を色めき立たせた。


「そういうことよ! そして俺は、それを見越して、去年の交流会から目ぼしい女の子たちへアプローチを仕掛けていたのだ!」

「うわ、こすい! しかも、『たち』ってのがゲスい!」

「して、成果は?」

「……いや、今ん所ないけど」


 交流会というのは、年に一度、近隣の村で若い連中が集まって、一晩歌やら踊りやらで盛り上がる催しである。


 趣旨は、各村の未来を担う若者同士で親交を深める、というものらしいが、実際は、よさげな娘やイケメンに唾つけて自分たちの村へ引き込もうという、盛大なお見合い大会だったりする。どの村も若者不足は深刻らしい。


「やっぱり、隣村のリームちゃんが一番じゃないか!?」

「いや、ヨワ村のベレットさんも捨てがたい!」

「俺はなんといってもキャシーちゃん!」

「あれ、彼女って隣村の地主の息子と付き合ってんじゃなかったっけ?」

「嘘!?」


 いつの間にか話は、去年会ったどの子がかわいかったか選手権へと変容していた。


 つうか、大人になったからって、好きな子と結婚できるってわけではないと思うんだけどなぁ。


「で、ティグルは? 誰が良かった?」

「へ?」


 突然話を振られて、思わず間抜けな声が出てしまった。

 しばし、去年の交流会の記憶を穿り返してみて、


「いや、別に。特にこの子が、って相手は……」


 誰も思い浮かばす、そうお茶を濁した。

 というか、隣で踊っていた娘の顔も朧気で、あまり覚えていない。

 まだ自分は結婚とか想像もできなかったので、ただのお祭り感覚で参加していたのだから仕方ないと思う。

 だというのに、


「あー……出たよ」

「そうだよな、ティグルだもんな……」

「これだからマザコンは……」

「おい、ちょっと待て。聞き捨てならんぞ、それは」


 誰がマザコンだ、コラ。


「だったら聞くがよ。お前、母親に買い物の荷物持ちを頼まれたら、どうする?」

「そりゃあ行くだろう。母さん一人だったら大変だろうし」


「出かける時、夕飯までには帰ってこいって言われたら?」

「まあ、用事の内容にもよるだろうけど、できるだけ帰るようにするよ。でないと、夕飯の支度が滞るからな」


「自分の意見とお母さんとの意見が食い違った時は?」

「うーん……それこそ場合によると思うけど。十分話し合って、それでも解決できないなら、とりあえず母さんの言う通りにしてみるかな? 母さんの方が人生経験豊富なんだし」


「ほらみろ、マザコンじゃねぇか」

「マザコンだな」

「完全にマザコンだ」

「なんでだよ!?」


 俺、間違ったこと言ってないよな!?

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