第6話 高速のメッセンジャー

 10馬力エンジンを積んだシャングリラ号は30分ほどで船上市場のあった場所までやってきた。

遡上してきたというのに、6馬力のときよりも時間がかかっていない。

ここは騎士のシエラさんと出会った場所だ。

市場が開かれるのは早朝と夕方なので、今は舟の数も少なく閑散としていた。


 スタータス画面で確認すると現在の走行距離は58キロになっていた。

ミラルダを出発したときは40キロだったので、ミラルダ―市場間はおよそ18キロということになる。

このまま戻ると58+18で走行距離は76キロだ。

次のレベルアップは80キロだから、4キロほど足りない。

もう少し川をさかのぼって帰ることにした。


 夕方前にミラルダの手前まで戻ってきたけど、予想通り走行距離80キロでレベルが5に上がった。

次はきっと160キロだ。

本当は今日中にもっと走行距離を稼ぎたかったけど、僕の魔力残量は100MPを切っている。

安全のためにもそろそろ切り上げて帰るしかなさそうだ。



名前 レニー・カガミ

年齢 13歳

MP 480

職業 船長(Lv.5)

走行距離 80キロ

所有船舶 

■魔導モーターボート全長4.8メトル 全幅1.92メトル 定員5名

60馬力エンジン搭載(およそ140MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ500MP


■ローボート(手漕ぎボート)全長295センクル 全幅145センクル 定員2名

10馬力の船外機付き(およそ110MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ350MP


 所有する船が増えた! 

しかもいきなり6倍の出力! 

俄然嬉しくなって、すぐに新型船を召喚した。


 青と白のツートンカラーが美しいボートだった。

船体はローボートよりもずっと大きい。

これなら鎧を着けたシエラさんでも安心して乗せてあげることができる。

今までは横波でバランスを崩しそうで怖かったのだ。


 今度の船には運転席が付いていた。

中央やや後ろよりにコンソールと呼ばれる運転台があり、ハンドルとレバーを使って動かす構造になっている。

正面を向いて運転できるから、今までよりもずっと快適そうだ。

魔力はあまり残っていないけど、ミラルダまでは2キロもない。

残存魔力から50MPだけ補給した。

これで15分はもつだろう。


「それじゃあ運動性能を試してみるかな。6倍の力を見せてもらおうか!」


 ゆっくりとレバーを手前に引くと、シャングリラ号はすぐに動き出した。

これまでのボートにはないスムーズな滑り出しだ。

しかも加速力がすごい。

船で込み合う水域をトップスピードで走行するのは危険と判断して、僕はすぐにレバーを低い位置に戻した。

新生シャングリラ号のコンソールにはスピードメーターがついているのだけど、時速35キロは出ていたぞ。

これだけ早いとパル村までは一時間ちょっとで行けてしまうことになる。

駅馬を連続で走らせるのに匹敵るする速さだった。


 ミラルダまで戻ってくると、僕は船を送還で消した。

これで船着き場の借り賃を払う必要もないし、船を盗まれる心配もない。

実に便利な能力だ。

予定通り『七ひきの子ヤギ亭』に宿をとって、ステータス画面で船の絵を眺めながらシエラさんを待った。


 シエラさんが現れたのは日も落ちてからのことだった。


「待たせてしまい悪かったな。これは約束の報酬だ。取っておいてくれたまえ」


 僕の手に渡されたのは、なんと1000ジェニー銀貨だ。


「こんなにいただけません!」

「困っているときに助けられたのだ。これくらいはさせてくれ。それと君さえよかったら一緒に食事をどうかな? お礼をかねて私がご馳走しよう。話したいこともあるんだ」

「えっ……」

「どうしたんだい?」

「その……女性と二人で食事なんて初めてだから」


 素直に打ち明けるとシエラさんは愉快そうに笑った。


「武骨な私を女として見てくれるのかい? それは光栄なことだ」


 武骨だなんてとんでもない。

たしかに騎士の姿は強そうだけど、スタイルもいいし、何と言っても美人だ。


「えと……シエラさんは凛々りりしくて、それにお綺麗です」

「うっ……バカ者。年長者をからかうでない……」

「からかってなんて……」


 二人して真っ赤になってしまった。



 僕たちは1階のレストランで夕飯を食べることにした。


「何にしようかな」

「ここはカラアゲという料理が評判ですよ。何を隠そう僕の祖父がレシピを伝えたんです」

「ほう、君のおじいさまは料理人かい?」

「そうではありません。祖父の本業は鍛冶師です。コウスケ・カガミと申しまして」

「あの伝説の名工か!」


 シエラさんはじいちゃんの名前を知っていた。


「そうか、君があのカガミ殿のお孫さんとはな。私もいつかはカガミ殿に剣を鍛えてもらいたいと常々思っていたのだ」


 この人の頼みなら、じいちゃんは二つ返事で引き受けただろう。

それくらいシエラさんはじいちゃんの好みのど真ん中なのだ。


「だいぶお年を召したと聞いたが、カガミ殿はご健勝かな?」

「祖父は死にました」


 僕は魔族の襲撃についてシエラさんに話した。


「さようであったか。孫や村の人々を守るために老人は戦ったのだな……。まさに騎士の鑑!」


 驚いたことにシエラさんはボロボロと涙を流していた。

生真面目そうな人だけど、感じやすい性格なのかもしれない。

だけどじいちゃんは騎士じゃなくて鍛冶師だけどね。

もっと言えば勇者だったりする。


「そう言ったわけで僕は届け物をするついでに、仕事を探してミラルダまでやってきたというわけです」

「なるほど。そういうことなら話をしやすい」


 シエラさんは身を正して真っ直ぐに僕を見つめてきた。


「レニー君、あの船を我々騎士団に売ってはもらえないだろうか?」


 予想外のお願いをされてしまったので、頭の中が真っ白になって言葉が出なかった。


「対価として100万ジェニー(日本円でおよそ1000万円)を用意するつもりだ」


 冗談かと思ったけどシエラさんの目は本気だった。


「あれが君にとって大切な船だということはわかるが、今は大変な時なんだ。前線と支部、支部と本部、本部と大本営を繋ぐ連絡手段はいくらあっても事欠かないのが現状だ」


 つまり、僕のボートを使って報告書や命令書のやり取りをしたいというわけだな。

シエラさんの気持ちはわかるけど、これは無理な相談だと言えた。


「実はですね、あのボートは僕の特殊能力で作り出した船なんです」

「なんだって……?」

「だから、僕の元をずっと離れていると消えてなくなってしまうんですよ」


 嘘ではない。

一週間までなら大丈夫だけど、八日目に入った途端に僕がそばにいない場合は自動で送還されてしまうのだ。

騎士団にボートを売りつけてそのままにしておいたら、ある日突然ボートは消えてしまうわけだ。

そうなれば僕は詐欺師。

若い身空で追われる犯罪者になってしまう。


「そうであったか……。それは困ったな」

「どうかしたのですか?」

「実は大至急カサックまで行かなくてはならない用件があったのだ」

「カサック?」

「ここからセミッタ川を340キロほどさかのぼったところだ。西方の主要要塞であるカサック城があって、西からの魔族侵攻を食い止めている場所でもある」

 340キロと言えば、徒歩なら9日、駅馬車を使っても3日はかかる。

それもトラブルがなかった場合の話だ。

途中で馬車が壊れたり、山賊の襲撃があったり、魔物が襲ってくることだってある。

もっとも川だって人気のない場所なら、水賊や魔物は現れるそうだけどね。


「よかったら送っていきましょうか?」


 新しいシャングリラ号なら1日でたどり着ける距離だ。

ミラルダには仕事探しに来たのだから、シエラさんを送り届ける連絡船という役をこなすのも悪くない。


「しかし上流への旅はかなりの危険が伴う。レニー君を巻き込むわけには……」

「大丈夫ですよ。先日のボートよりもっとすごい船があるんです。それを使えばその日の内にカサックまで行くことだってできますよ」

「その日の内に!?」

「はい。それくらいスピードが出るので、いざというときは逃げ切ることだってできると思います。定員も2人から5人に増えているから多少の荷物なら運べますよ」


 シエラさんはしばらく悩んでいたけど、結局僕の提案を受け入れてくれた。


「申し出をありがたく受けるとしよう。出発は明日の早朝だ。ひょっとすると人数が増えるかもしれないがよろしく頼む。君のことは私が必ず守ってみせるから」


 魔物のことは気になるけど、新しい船を試すにはいい機会だ。

往復で680キロか。

帰ってくるまでに総走行距離は760キロを超えるだろう。

ということは、えーと…………レベルは8まで上がるということだな! 

僕には不安よりも期待の方が大きかった。


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