第4話 水上タクシー

 さらなるレベルアップで快調にボートを進めていたのだけど、30分もしないうちに猛烈にお腹が空いてきた。

今朝は一刻も早くボートを召喚したくて、朝ご飯も食べないで水辺へやってきてしまったのだ。

お昼ご飯はミラルダへ着いてからでいいと思っていたけど、さっきからお腹が悲痛な叫びを上げている。

どうしようかと思案していると、右河岸みぎがしに船上市場が見えてきた。

船上市場というのは小舟に魚や野菜、日用雑貨なんかを乗せて売っている人々の集まりだ。

船乗りや荷揚げの労働者のために食べ物を売る店も多い。

僕は魔導エンジンを停止させて、オールを漕いで市場へと近づいた。


「おはようございます、それは何?」


 おばさんが大きな葉っぱにいい匂いのする料理を乗せて船乗りに売っていた。


「アユーリとネギのピラフだよ。美味しいから食べていきな。一つたったの30ジェニーさ」


 魚とネギを使ったピラフか。


「一つ貰うよ。それから、そっちのオレンジも3個ちょうだい」

「ありがとう。全部で45ジェニーよ」


 銅貨4枚と小銅貨1枚をかごの中に入れた。


「若いんだからたくさん食べるんだよ」


 手渡されたピラフはまだ湯気を立てている。

オリーブオイルとバジルの風味がふんわりと香ってきて食欲をそそった。


 ボートを岸の近くに寄せてご飯を食べていると、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。


「だれかミラルダまで私を運んでくれないか?」


 銀髪で色白の女性騎士が船を探しているようだ。

ちなみにじいちゃんは女騎士が大好きだった。

美人で肌が白または褐色で、銀髪だったら完璧らしい。

今声を上げている騎士はじいちゃんにとっては好みのど真ん中だったに違いない。

生真面目そうな顔に紫色の瞳が印象的な人だった。


「騎士様、乗ってきなよ。ミラルダだったら300でいいぜ」


 すぐに船乗りが声をかける。

相場よりはちょっと高いけど、ボッタクリというほどの値段じゃない。


「うむ……それはありがたいのだが、料金は後払いにしてはもらえないだろうか?」


 女性騎士はすまなさそうに切り出した。


「悪いけど、そいつは無理な相談だ」


 後払いと聞いて船乗りはすぐに他所へいってしまった。

騎士に金がないとわかって、他の船員たちもあからさまに目を合わせないようにしている。


「500でも、1000でも必ず支払う。私をミラルダまで運んでくれ。大至急本部に連絡しなくてはならないことがあるのだ!」


 ミラルダなら僕の目的地でもある。

じいちゃん好みの騎士様だから、乗せてあげれば故人のいい供養になるかもしれない。


「騎士様、僕のボートでよければのっていきますか?」

「おお! よいのか?」

「ちょうどミラルダまで届け物に行くところなんです。狭いボートでよければ一緒に行きましょう」

「それは助かる! 礼金は弾むから急いでくれ」


 僕は手を取って騎士をボートに乗せた。


「バランスがありますので前の方へ座ってください」


 後ろはエンジンを積んでいるので、これ以上重くなるのは困るのだ。


「わかった。よろしく頼む。私はシエラ・ライラックだ」

「レニー・カガミです。レニーと呼んでください」


 僕はオールを使って市場から少し離れた。


「急いでいるんですよね?」

「ああ。魔物襲撃の情報を本部に伝えなくてはならないのだ。馬を飛ばしてきたのだが、無理をさせすぎて倒れてしまった」


 そういうことなら最高速度でかっ飛ばそう。


「わかりました。本気でいきますね」


 言いながらオールを船体横にしまう。


「おい、オールをしまってどうする? 私が漕いでもいい。それを貸してくれ」

「必要ありません」


 僕は魔導エンジンを起動した。


「これは何の音だ?」

「いきますよ」


 スロットルを回してボートを加速する。


「おお!?」


 船は徐々に速度を上げ、最終的に時速20キロほどのスピードになった。


「1時間くらいでミラルダに着きます」

「これぞまさに天の采配だ。レニー君に出会えたのは誠に僥倖(ぎょうこう)だった!」


 シエラさんは大袈裟に喜んでいるけど、魔物の襲撃とあっては僕も他人事じゃない。

いくらでも協力するつもりだ。


 ミラルダに到着する直前にまたレベルが上がった。

ただ今回はステータス画面を見ている暇がない。

一刻も早くシエラさんを送り届けなければならないからだ。


「シエラさん、ミラルダが見えてきましたよ!」


 大きな声で呼びかける。

徹夜で街道を走ってきたというシエラさんには仮眠をとってもらっていたのだ。

僅か30分であっても、寝ればその分だけ体力は回復するからね。


「着いたか。レニー君、一般の船着き場ではなく騎士団の方へ行ってくれ。私が案内する」


 騎士団は船で出撃することもあるので、自前の船着き場を持っているそうだ。

僕は案内されるがままに、シャングリラ号を騎士団本部近くの桟橋へと回した。


「助かったよ。本当に感謝している」

「どういたしまして」

「レニー君はミラルダに泊まるのか?」

「はい、今晩はスブレ通りの『七ひきの子ヤギ亭』というところに宿泊予定です」


 七ひきの子ヤギ亭はじいちゃんの定宿だった。

高級ホテルではないのだけど料理がとても美味しい。

じいちゃんがレシピを伝えたカラアゲが食べられる宿として、ミラルダではそこそこ有名だ。

あそこなら顔が利くので、たとえ満室であってもリネン室を使わせてくれるはずだった。


「そうか。だったら今夜にでも訪ねていこう。料金はそのときに支払う」

「料金なんていらないです」

「そうはいかん。受けた恩義は返さなければならない」


 シエラさんは生真面目な人らしい。


「わかりました。じゃあ待っていますね」

「それではこれで失礼する。夜にまた会おう!」


 シエラさんは小走りに本部の建物へと入っていった。

僕はどうしようかな? 

わざわざ一般の船着き場に戻るのも面倒だ。

ここで「送還」を使ってボートを消して、このままミーナさんを訪ねることにしよう。

鞄と鍋を運び出し、ボートを消した。

実に便利だ。


 ミラルダに着いたのはお昼前のことだった。

予定していたよりもずっと早い到着だ。

それというのも途中でレベルが3つも上がったからだ。

さて、今回はどうなっているかな?

お楽しみのボードチェックだ。


名前 レニー・カガミ

年齢 13歳

MP 360

職業 船長(Lv.4)

走行距離 40キロ

所有船舶 ■ローボート(手漕ぎボート)全長295センクル 全幅145センクル 定員2名

魔導エンジン 6馬力の船外機(およそ100MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ250MP


レベルアップにより船にオプションがつけられます。

a. 魔導エンジン 10馬力の船外機(およそ110MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ350MP

b.ボートカバー 専用クッション付きチェア セール(帆)


 やっぱり走行距離が倍になるとレベルがアップするみたいだ。

これまでは10キロ、20キロ、40キロ、でレベルアップしている。

次は走行距離が80キロになったらレベルが5になるのだろう。


 それはともかく、問題はオプションだ。

b.はカバーと椅子に加えてセールまで付いてきたか……。

雨が降れば水が入らないようにカバーをかけるべきだし、波の強い日にもこれは役に立つと思う。

今の座席は単なる板張りだからクッション付きの椅子だって魅力的だ。

魔力が切れたときのことを考えればセールだって有効だと思う。

だけど僕はパワーアップを目指したい! 

だって馬力が1.5倍になるんだよ。

スピードだってそれに準じて上がるはずだ。

スピードが上がるということはレベルアップしやすくなるってことだもんね。

僕は迷うことなくaを選択した。

現物はまだ見られないけど、より大きなエンジンがついたと思う。

次に召喚するのが実に楽しみだ。

早いところ鍋をミーナさんに渡して、川に戻ってボートを召喚することにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る