再びの仮契約

 悲鳴を聞き、慌てて美術館から飛び出して、かつてトイレだったガラクタが積み上がり、至る所から水を吐き出している場所へと急ぐと、目の前に見慣れたポニーテールが揺れていた。

「凛!」

 驚きつつも、今最も会いたかった人物との再会に喜び、ついつい声が弾んだ。凛も僕同様に悲鳴や破壊音を聞いてワルリンが現れたことを察知して、子供達を避難をさせた後に、僕を探して来てくれたようだ。

「シロ!」

 そんな僕を見た凛も険しかった表情が少し安心したような風に変わった。


 これまでバラバラに過ごした時間に起こったことについて情報交換をしながら、目的地に向かって並走する。逃げて行く人々に逆行して走るのは難儀だが、凛は器用に避けて、時には転んでいた人に手を貸しながら、進んで行く。


 ワルリンもとい、怪獣の姿がだんだんとはっきりと見えてきた。

 その姿を見た凛が一言呟く。

「ガ○ラ?」

 そう、今回現れた怪人は亀の形をしていた。

 ゴツゴツとした岩のような甲羅を背負い、辺りの木や東屋などを鋭い爪の生えた手でなぎ払っている。ほとんど人としての形を残してはおらず、人間の時の名残は2足歩行が出来ていることくらいしかなさそうだ。大きさにして10メートルはゆうに超えている。

 カメラを回していたら、特撮の怪獣が登場するシーンとして利用することも可能なくらい怪獣映画を彷彿とさせる風景だった。

 そんな怪獣の暴れる様を十数メートル先に見ながら、凛が誰にいうでもなく呟いた。

「私、どちらかというとゴ○ラと戦ってみたかったなー」


 —僕もちょっとその戦いは見てみたかったよ…。


「ということは凛?もしかして…?」

 おずおずと尋ねた僕に、ニッコリと優しく微笑んだ凛は、力強く頷く。

「そう!今回もまだパートナーが決まってないみたいだから、仮契約の指輪、お願いね!」

「凛…ありがとう!」


 僕は心から感謝して、嬉し涙を堪えつつ、呪文を唱え、仮契約用の指輪を出現させる。同時に怪獣と僕たちを含むエリアに障壁を張り、被害の出る範囲を抑えるようにする。ふよふよと漂いながら、指輪が凛の目の前までやってくると、凛は躊躇わずに指輪に手を近づける。

 例のごとくまばゆい光が生まれ、それが収まると魔法少女に変身した凛の姿が現れた。

 前回はなにも準備がなかったから、魔法少女らしさを全く出すことが出来なかったが、今回は違う。服装こそ変わらないが、どこからどう見ても魔法少女だ。

 なんてったて…


「ん?なにこの棒…?」

「そう!その棒だよ!」

「うわっ!びっくりした…。なんか妙にテンション高くない…?」

「そんなことないよ!あ、その棒、もといステッキはリンロッドだよっ!」

「…リンロッド…?」


 凛は不思議そうに、そのリンロッドをフリフリと振って繁々と観察している。

 そんなに見られると少し照れてしまう…。

 なぜかというと、このステッキのデザインは僕がしたからだ。


 僕が心から認めたパートナーに相応しいステッキ…。幼い頃から、管轄すべき世界の扉を与えられたら絶対にパートナーに持ってもらおうと、ずっと考え続けて改良に改良を重ね洗礼されたデザイン。

 ピンクを基調にした艶やかにまっすぐ伸びたそのステッキの下側の先端にはまん丸のクリスタルが輝き、上端には日輪を模した大きな輪がある。その輪の中には三日月と星々が回転していて光を受けて黄金に輝く。所々に金や銀で細かな模様が描かれている。我ながらうっとりするような美しさだ。


 しかし、そんな幸せな鑑賞時間は怪獣の咆哮という、チャイムによって掻き消された。

 怪獣は先ほどの変身時の光で凛の存在に気がついたようで、こちらに向かって徐々に距離を詰めてきている。咆哮に驚き、思わず耳を塞いだ凛は、顔をしかめていた。

「あいつ…、声でかっ!てか、こっち来てるよねっ?」

「そうだね…。早く元に戻してあげよう!」

「おーけー!任せて…」

 魔法少女になった凛はなんだか雰囲気にヤンキー感が出ていて少し怖いけど、逆に絶対に大丈夫だと思える安心感がある。

 今回もなんとかなるだろう。なにせ、ロッドもあるし!

「凛、リンロッドはね、魔力を込めることで…ぶふぁっ!」

 意気揚々と僕が誇らしげにリンロッドについて説明をし始めると、急になんらかの風圧で飛ばされてしまった。


 空中でなんとか体制を整え、足から着地して顔を上げると、怪獣の頭に飛んでいく凛の姿が確認できた。どうやら、凛のジャンプの衝撃で僕は吹き飛んだようだ。相変わらず、すごいパワーだ。


『凛、ひどいよ!まだ説明終わってなかったのに…』

 凛に意識を集中させて、脳内で凛に語りかけると、凛はすぐに返答をしてくれた。

『え?説明?なんか言ってたっけ?』

『聞いてなかったの…?』

『ごめん、ごめん。どうやって戦おうかばっかり考えてたから聞こえてなかったや…でも、このリンロッド…?ありがたく使わせてもらうね!』

『それは良かった…それで使い方だけど…』


 視界の中で凛はぐんぐんと亀の頭に近づいている。もうあと10メートル程の距離まで来ている。説明する余裕ないかも…とその可能性が頭によぎるのとほとんど同時に、頭の中で気合の入った凛の声が響いた。


『棒の使い方なんて簡単!こうでしょ?』


 ズガンッ


 バキャッ!


 カツーン!


「Noーーーーー!」


 ちなみに、ズガンッは凛がリンロッドで亀の頭を思いっきり叩いた音。


 バキャッ!はリンロッドが、無残にも折れ、砕ける音。


 カツーンはロッドの先端が地面に落ちたて砕け散る音。


 そして、最後は僕の悲鳴だ。

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