お昼までの過ごし方—シロの場合—
「うぅ…空振りだー!」
美術館のロビーにある天窓から見える曇り空に吠えてみるが、人々は無反応だった。姿を魔法で隠しているのだから当たり前なのだが、それが余計に虚しさを募らせる。
あんなに魔力を消費したにもかかわらず、水場にあった魔力の根源はまだ言葉も話せない子供だったし、波長も合わなかった。
お次は美術館の方!とやってきたのはいいけれど、何故だか持ち主を見つけることができない。もう何回同じ絵を見たことか…。
美術館の大まかな構造は上から見るとカタカナのロ、または漢字の口の形だとわかる。ロあるいは口の下の辺に、さらにもう一つ小さい四角を足すとそこが受付兼ロビー。僕は、この四角い建物の中を、先ほどから順路に沿って何度もぐるぐると回っているので、美術館の中にいる人ならば、必ずと言ってもいいほどに何処かですれ違っているべきなのに、パートナー候補は一向に見つからない。比較的、強めに魔力を感じるので、近くにいるのは間違いないはずなんだけど…。
ふぅと自然とため息が溢れる。
姿を消しているのにも魔力が必要だ。あまり長居はできそうにない。仕方がない、もういい時間だし、あと1周したら凛の元に戻ろう。消費した魔力を回復するためにお弁当をもらわなくてはならない。今日は確かのり弁だったはず。あの謎の白身魚のフライやちくわの磯辺揚げの美味しさを思い出すと少し、気持ちが和らぐ。
僕は小さなお腹の音と共に、最後の巡回に旅立った。
先ほどからそうしているように僕は、まずロビーからロの下の辺の右半分を行く。入り口に近いこともあり、目玉の絵画らしいものが目立ち、比較的大きいサイズのものが飾られている。大きなそれらの絵画を観ている人々の中に、魔力を感じる人はいなかった。
沈む気持ちを押し上げながら、順路の矢印に沿って角を左に折れ、ロの右の辺に入る。ここは現代美術のコーナーらしい。左右の壁に、前衛的なものが一定の間隔を開けて、並べられている。絵だけではなく、立体物もあり、観覧者たちは思い思いに感想を言い合ったりしているのだが、僕のターゲットは見つからない。
次こそはと悔しさに歯を食いしばりながら、ロの上の辺に入る。ここは日本画のコーナーの様で、田舎の風景を描いた水彩画や、水墨画、浮世絵など結構雑多な展示がされている。富士山はやっぱりいいなーと言っているおじさんとその奥さんらしい人の2人しかいなかったので、ここでもまた空振りだ。
もう一度左に折れ、最後の通路に入ると、ここは地元の子供たちのコンクールの絵が飾られていた。どうやら、この公園内のどこかの風景を描くことがテーマとなっていた様で、僕が先ほど空から見た景色たちが、絵となっていた。最近の子は絵がうまいな…。まぁ、最近の子じゃない子の絵なんてよく知らないけど、年の割にはものの特徴をよく捉えていたり、写実的だったりして非常に上手だ。それに一人一人個性があって見ていて飽きない。
はっ!いかんいかん、僕はパートナーを探しに来たんだった…。
ふるふるとかぶりを振って頭の中を切り替える。この通路にいる人はどうだろうかと辺りを見回した時に、通路の中程で左の壁の中に人が一人消えたのが目に入った。
「えっ!」
僕は驚いて、何が起こったのだろうと人が消えたところまで行くと、そこには通路があった。遮光カーテンで仕切られていて、目立たなかったから、焦っていた僕がどうやら見落としていたらしい。
ちょうど人が出てくるところで、カーテンの隙間からまだ中に人がいるのがチラリと見えた。カーテンを不自然に揺らさない様に、隙間に身体を滑り込ませて入ると、中は照明が極端に落とされていて、ひんやりとしていて心地がいい。
入ってすぐのところに、小さなライトで照らされたコルクボードが置いてあり、そこに星空体験と書かれたポスターがかわいらしい星型のピンで固定されていた。どうやら、プラネタリウム的な催しの様だ。そのまま、通路を行くとその人はいた。
—すごいっ!僕の波長によく合う!
ついにパートナー候補を見つけた僕は、はやる気持ちを抑えて、まじまじとその人を観察する。
暗くて顔はよく見えないけど、歳は多分凛と同じくらい。暗い空間で黒い服を着ているから、油断すると見失ってしまいそうだ。彼女は、簡易的なプラネタリウムの中心にいた。大人が5人も入れば窮屈に感じるような広さの半球型のドームで、流れながら瞬く星々をぼんやりと立ったまま眺めているようだった。
今までのパートナー候補は漏れなく皆、子連れだったが、彼女の周りには子供の姿はない。家にお留守番…と言うことも考えられるが、もしかしたら、まだ子供がいないことも考えられる。もしそうなら、比較的手が空いている可能性が高い。つまり、魔法少女としての活動時間があるかもしれないということ!
ついに使命を果たすことができそうだと、興奮気味な僕に対して、彼女は静かだ。どのように声をかけようかと考えあぐねていると、彼女の足元にポタリと何かが落ちた。
暗闇に目が慣れてきたからか、それが彼女の顔から流れ落ちたものだとわかった。
—…泣いてる…?
一体全体どうしたことだろうと、勝手にあたふたしていると、彼女は顔を隠すようにうずくまった。そんな彼女に少し近づく。彼女の丸まった背中がなんだかとても寂しそうでそうせずには居られなかった。
—なにか僕にできることはないだろうか…?
姿を消しているのだから、なにもできることは出来ないのだが、ついそんなことを思ってしまった。さらに彼女に近づこうと、一歩踏み出した時、彼女が小さく呟いた。
「ごめんね…ゆき…ダメなママで…」
その瞬間、彼女を中心に魔法陣が展開した。
—っ!この魔力はあいつの…⁉︎
どんな魔法を展開するのかわからないため、陣に入らないように一気に後ろに飛び退く。
着地すると同時に、あたりが一瞬だけ強く光り、彼女と陣が消え、再び暗闇と星々だけの空間に戻った。
—転移魔法…?
彼女の居たあたりまで戻り、魔力を辿ってみるが、転移先までは把握できなかった。
どうやら凛がこの間カンガルー怪人から読み取った記憶に登場した黒猫というのはあいつに間違いないらしい…。これは流石にお師匠様に報告しなくてはならないだろう。
とりあえず凛と元に戻ろうと、踵を返すと、前足に何かが当たった。感触があった場所に視線を落とすと、アクセサリーが落ちていた。彼女のものだろうか?手に取ると、ネックレスに指輪が通ったもので、指輪の内側に何かが掘ってあるが暗くてよく見えない。
目を凝らして、読み取ろうとしていると、外から悲鳴が幾重にも重なり聞こえてきた。
慌てて外に飛び出してみるとそこには、魔力を纏った怪獣が、公園のトイレの施設を周辺の木々諸共破壊している光景が広がっていた。
どうやら、魔法少女の出番らしい…。
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