お昼までの過ごし方—凛の場合—

「えー、そんなことないですよ!(なんだこの地獄は…)」

 顔は笑っているが、心が折れそうな私は、凛です。

 人生初めてのママ友会ということもあり、緊張をしておりましたが、だんだんと慣れてきて、会話を重ねることで気がつきました。


 —麻里さんのご機嫌取りが超大変っ!


 麻里さんはこの会のリーダー的な存在で、ショートボブがよく似合う、キラキラママさんという雰囲気。服装もファッション誌に載っているようなコーデで、お化粧もバッチリ、ママになっても女は忘れない…と言った感じだろうか。私はゆきのお世話をするようになってから、というよりも元々それほどオシャレに興味がなかったから、動きやすさしか気にしてこなかった。


 —勝ち負けではないんだけど…なんか負けた気分…。


 謎の敗北感を味わいながら話をぼんやりと聞いていると、ほとんど内容がない…というかわからない。

 やれ誰々くんのママは挨拶しないだとか、誰々ちゃんのパパは稼ぎが良いだとか、保育園の何先生は態度が悪いとか…。


 —誰のことだよっ⁉︎みんなが知ってる話しろやっ!


 おっと…失礼、取り乱しました。

 ゆきはまだ未満児で、幼稚園にも保育園にも通っていないからか、私にはよくわからない話があまりにも多かったので、ついイラついてしまいました。そして極め付けは麻里さんの言動。


「どうせ、私は何々だから〜、ほんっと、誰々のことが羨ましいよー」


 そうです。みんなの「そんなことないよー、麻里さん素敵だよー」待ちをしているこの言い回し。常に話題の中心にいないと気が済まない性格なのでしょうが、相手をしているこっちとしてはきついものがあります。

 瑠璃さんも麻里さんに苦手意識があるらしく、苦笑いが目立ちます。咲さんはどうだろうか。

 さっきから麻里さんの攻撃、もとい話相手をしているけど…。


「咲ちゃんのとこの旦那さんはいいよねー!超イクメンだもん…うちのなんか今日ついてくるよりも掃除の一つでもして欲しかったよー」

「えっ…あはは。そうかな?ちゃんと子供たちのこと見ててくれてて、いい旦那さんだと思うよ」

「そうかなー?でも、家事なんて全部私がやるんだよー?少しは咲さんのとこのイクメンっぷりを見習って欲しいよー!咲さんは楽でいいね!」

「あはは…。麻里さんは家事頑張っててすごいよ。私と違って…」

 なんだか徐々に声のトーンが下がっているような?


 —うーん、なんか辛そう…。


 咲さんに助け舟でも出そうかしらと、ああでもない、こうでもないと頭の中で言葉を選んでいると、ついに私に麻里さんの矛先が向いた。


「ところで、凛ちゃん?の旦那何してる人なの?なんか、瑠璃ちゃんが言うには平日家にいるらしいけど…?」

 そうたしかに、連絡先を交換してからと言うもの、色々とお互いの家庭事情を話すことがあったからなのか、いつの間にやら、その開示情報の一部が麻里さんにも伝わっているらしい。

「えーと、悠人さんはフリーランスの仕事で在宅ワークしてるんだ。だから基本的にはお家にいるか感じかな?」

「いいなー!しかも、家事とかほとんどやってもらってるんでしょ?うらやましー」


 —なんじゃその言い方…⁉︎うちは共働きだし、家事は一人でやるには負担が大きいからお互い助け合っとるだけじゃい!


「…別に、押し付けてるわけじゃないけど、たしかに楽はさせてもらってるね…」

「だよねー?私は家事全部やってから大変でさー!」

 勝ち誇ったかのような麻里さん。どうやら彼女の中できっちりマウントが取れたようだ。もしも彼女がワルリン化したらきっとマウンテンゴリラの姿にでもなるんだろう。

 しかし、麻里さんの言葉を聞いていると、専業主婦だから、外で働いていないことに罪悪感でもあるのだろうか…と思わせる発言がちらほらあった。

 育児を立派にこなしてるんだから、わざわざマウント取らずに自信持てばいいのに…。



「そうそう、咲ちゃんのとこも旦那さんが家事いっぱいしてくれるんだよねー?今日は何してくれてるの?」

「えっ、あ…。今日はお掃除と買い物と晩御飯作ってくれるって言ってたよ…」

「いいなー!うらやまー、私なんか今日帰ったらそれ全部するんだよー、まじお母さんって大変だよねー?」


 それには完全同意だけどと、やっぱりこの常にマウント取ってくスタイルは相手してると疲れるな…。


 ゆきたちはいいなー。遊具をフィールドに鬼ごっこが繰り広げられているアスレチックコーナー。子供たちが年齢、性別関係なしに笑顔いっぱいで遊んでいる。大人のドロドロとした裏を読み合う会話と比較すると、眩しいほどにキラキラ輝いて見えた。


 —見てて癒されるなー。いっそのこと私も参加してしまおうか…。


 よしそうしようと、麻里さんに断りを入れてから、水分補給をさせるという言い訳を携えて子供たちの輪に飛び込んでいった。


 —やっぱり私はまだ母親になりきれてないのかな…?ゆきの本当の母親じゃないから…。


 ほんの少しの不安はあれど、今日一日がゆきにとって幸せな一日にできればそれでよしとしよう!



 =====

「凛ちゃん、行っちゃったね」

 と麻里さん。

「そうだね、すごい楽しそうにしてるね」

 と瑠璃さん。

 その言葉につられて手元を見ていた視線をあげ、子供達の方を見ると、凛さんが元気いっぱいにザイルクライミングの頂点に君臨している。年齢が高めの子達は一生懸命に後を追っていた。


 私はというと麻里さんの言葉に心がズタズタになっていた。先ほどから何度も何度も同じ言葉が頭の中でリフレインする


 —イクメンの旦那がいるから…私は楽をしている…。


 目の前がぐるぐる回るような錯覚を起こす。気持ち悪い…。気分が悪くなってきた。

「あ、あの…ごめんなさい。少しお手洗いに行ってくるね」

 吐き気を押さえつけながら、2人に言うと、返事も聞かずに走ってトイレの方に向かった。

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