第2話 「えっ、紅のお凛って何⁉︎」

助けてお師匠様!

「なかなか見つからないな…」

 眼下に広がるスクランブル交差点。四角とバッテンの重なりの上には、無数の黒い粒が移動していた。人はこんなにたくさんいるのに、どうして僕と波長の合う魔力の持ち主は見つからないのだろう。しかも、凛を見つけてからというもの、もともと少なかった魔法少女候補も、ほとんど見かけなくなるまで減ってしまっているのは何事か。こうなればもう、凛と本契約を…。そう粘ってはいるのだが、凛は了承してくれない。

 しかし、凛は今までの魔法少女候補たちと比較したら恵まれていると思う。

 確かに、凛は仕事をしているが、時短勤務だし、旦那さんの悠人が何故だか毎日家にいるから、家事はしっかりと分担が出来ている。育児に関してはゆきちゃん1人。ゆきちゃん自身も聞き分けが良く、いい子でそんなに愚図ることも少ない。大泣きするのは週に1度と言う印象だ。まだ、幼稚園に通える年齢ではないし、家での保育が可能だから家にいるけれど、悠人と凛がしっかりとお世話をしているから、元気に、素直に、育っている。

 だから、ちょっと空いた時間に、魔法少女をしてはくれないだろうか…。僕も家事とか頑張るよ…。

 そんなことを考えて、ふぅとため息が漏れる。


 凛の家にお世話になるようになってから早1ヶ月が経った。出会った頃には緑が萌え盛って爽やかだったのに、今では梅雨のジメジメとした空気がヒゲにまとわり付いてくる。

 いまにも雨が降り出しそうなどんよりとした空が、まるで僕の心情を表しているようだ。

 幸い、悪しきものたちの動きはまだないが、次にワルリン(怪人の呼び方:凛命名)が現れたら一体どうしたらいいのか…。


「あっ、そうだった!」

 頭を抱えて悩んでいると、ふと旅立つ直前にお師匠様に言われたことを思い出した。

『なにか壁にぶつかった時は、遠慮なく連絡をしてきなさい。私がなんとかして差し上げましょう』

 お師匠様は立派な鬣を風に靡かせながら、堂々とそう言い切った。さすがは魔獣界の総帥だ。全くもって、威厳たっぷりである。

 僕は早速お師匠様に相談をしようと、魔法で凛の家まで瞬間移動をして帰った。


 =====


 僕が家に帰ると、目の前には床に四つん這いで這いつくばって、ゆきちゃんの馬と化した悠人がいた。

「あ、おかえりー。シロ」

「しろー」

「ただいま、悠人、ゆきちゃんも」

 ちなみにシロとは僕のこと。シュロク・キャットベルという名前から凛が、シロでいいじゃん?と言って呼び方が決定した。


 はじめのうちは、僕も座標の設定を失敗して、トイレに出てしまったり、お風呂場に出てしまったり、とお互いにびっくりすることばかりだったが、1ヶ月も一緒に暮らしていると、なにもない空間から僕が急に現れても、驚かれることはなくなった。


「僕、これからちょっと電話みたいなことするから、ゆきちゃんが突撃してこないようによろしくね」

 ヒヒーンと馬の嗎を真似している悠人に、注意を促すように言った。

「わかった。気をつけるねー」

 悠人は、ぱかぱかと口で言いながら、のしのしと移動して、ゆきちゃんにも注意を促す。

「ゆきちゃんも気をつけるんだよー」

「あーい!」

 わかっているのか、いないのか。お返事だけは元気なゆきちゃんは、ご機嫌で遊んでいる。そんな微笑ましい光景を尻目に、僕は隣の寝室へ移動した。


 首のクリスタルに触りながら、通信の呪文を唱えると、目の前に連絡リストが現れる。これを使うのも久しぶりだ。魔獣界にいた時は基本的に連絡には、これを使っていた。直接顔を合わせて会話もすることもできるし、文字だけのやり取りもできる。この世界でいうLIN○のようなものだ。

 僕は慣れた手つきで、お師匠様のアイコンをタッチする。なんとなくだけど、顔を合わせたかったから、そのモードで連絡を入れる。ぺこんぺこんと呼び出し音がしばらく続くと、それが突然切れて、目の前に立派なライオンが現れ、威厳たっぷりの低音を響かせた。

『おや?シュロク?随分と早い連絡ですね…』

「お久しぶりです。お師匠様!」

 そう、このライオンこそが僕のお師匠様だ。魔力は無尽蔵。頭脳もピカイチ。魔獣たちの憧れの的であり、魔獣界の総帥。非の打ち所がないないお人だ。そんな人に師事できた僕は周囲から大変羨ましがられたものだ。

 しばらく地球の環境はあっているかとか、お師匠様が僕のように初めて任務についた時はどうだったとかの話などで一頻り盛り上がった後に、お師匠様が今回の相談ごとを話すきっかけを振ってくれた。


『しばらく見ないうちに少し痩せましたか?大丈夫ですか?ちゃんとパートナーから魔力の供給は受けていますか?』

 お師匠様は僕のことを本当の息子のように愛情を持って、生活の世話をしてくれていたので、げんなりした雰囲気を纏っている僕の姿を酷く心配そうな表情で見つめている。

 そんな優しい瞳に、まだ使命を全うするどころか、そのスタート地点に立つことすら出来ていないという状況に甘んじていることに罪悪感を覚える。


 —うぅ…申し訳ない…。


「あのぅ…お師匠様、そのことなんですが…」

 僕がおずおずとすまなそうに上目遣いで、宙に浮いて表示されているお師匠様を見つめる。画面の中のお師匠様はどこまでも優しく包み込んでくれそうな、ゆったりとした態度で返事をする。

『どうしましたか?なにが問題が?』

 対して僕は緊張感からゴクリと唾を飲み込み、意を決して早口で伝えた。

「問題といいますか…。はい、その…、えーと、実はまだ、魔法少女の候補を見つけることができていません!」


 暫しの沈黙の後、お師匠様は穏やかな態度を崩さずに笑った。

『なんだそんなことですか、当たり前ですよ。悪しきものたちが動き出すまでまだ猶予がありますから、それまでに見つけられればいいのです。焦る必要はありませんよ』

「えっ?だって1ヶ月前に怪人が…」

 僕は頭に疑問符をたくさん並べながら、困惑した。そんな僕を見たお師匠様も眉間にしわを寄せ厳しい表情になる。

『えっ⁉︎まさか…そんなはずありません。私たちのが外れるなど前代未聞です…』

…?」

『あ、いえ…』

 少々取り乱し気味のお師匠様の口から、初めて聞く単語が飛び出した。しまったという表情を浮かべた後、首を横に振り鬣を揺らしながら渋々と僕の質問に答えてくれた。

『仕方がありませんね…少しお話ししましょう』


 要約するとこうだ。


 僕の様に初めて任務に当たる魔獣たちは、もちろんのこと未熟だ。それを助けるために、初任務の時には悪しきものたちが動き出すまで1年の猶予を持った世界を担当させるのが習わしだそうだ。

 その時に活躍するのがだ。魔獣の統括を執り行う組織である、魔獣委員会の上層部が、魔力を結束して各世界の未来を予知、むしろ、未来視とでも言ったら良いのだろうか…。とにかく、その世界の先行きを確認することが可能だということだった。そして、それは今まで一度たりとも外れたことがないそうだ。

 もちろん、任務に当たる僕らにはそんなことを伝える必要はないので、教えられたりはしていなかった。それに、未来が分かることを悪用されてしまう可能性もあるので、この事は他言無用。絶対の秘密になっているという事だ。


『だからシュロクも聞かなかったことにしてくださいね』

 そう説明を締めくくったお師匠様は、苦々しい表情だった。そんなお師匠様を安心させようと、僕は胸を張って宣言する。

「もちろんですとも、墓場まで持って行きますよ!」

 少し表情が柔らかくなり、いつもの様な威厳ある姿に戻ったお師匠様は静かに話を進める。

『ありがとう。…さて、本題に入りますが…本当に怪人が現れたのですね?』

「はい、間違えありません。その時は仮契約を結んでなんとか対処出来ましたが、次はどうなるか…」

『仮契約で撃退したのですか…さすがは我が弟子!』

「あ、いえ…僕の力というよりも凛の力です。正直、怪人よりも凛の方が怖い…」

『そ、そうなのですか?よくわかりませんが、皆無事なら何よりですね…。それよりも仮契約ですか…』

「はい、凛は仮契約でもとてつもない力を発揮して、潜在的な能力が高いことが伺えます。どうせなら、このまま本契約を結びたいのですが…」

『先方は承知しないと…』

「ごもっともです…」


 また、暫しの沈黙が2人の間に流れる。どうしたら良いかと、考えていると僕は名案を思いついた。

「お師匠様!わかりましたよ。凛は強いんだから、いっそのこと悪しきものたちが現れる度に仮契約を結べばいいんですよ!」

 僕ってば頭いいなーなんて、ふんふんと頷いていると、お師匠様はため息をついて首や横に振りやれやれと言った雰囲気だった。

『シュロク。それはいけません…。というよりも不可能です。仮契約は1人につき3回までです』

「えっ⁉︎そうなんですか⁉︎」

『仮契約は基本的に不安定な力です。無闇矢鱈に結ぶことで魔獣側にも契約者側にもどの様な影響が出るかわかりませんので、そのように決められています』

「そうだったのか…」

『仮契約は危険なことですから、複数回結ぶことを前提に作られていないのです…』

 せっかく浮かんだ妙案も打ち砕かれ、振り出しに戻ってしまった。

「うぅ、一体どうしたら…」

『仕方がありませんね。しばらくは先ほどの案を採用して、本契約者を探す時間を稼ぐしかないでしょう…ですが、あなたは優秀です。きっとなんとかなりますよ!』

 流石のお師匠様もなかなか解決策が見つからない様で、とりあえずのエールを送ってくれた。根拠がありそうでなさそうな、そんな言葉でも応援してもらえると、元気が出てくる。

「はい、頑張ります!」

 心から素直にそう言えた。悩みは一歩も解決してはいないが、心が少し軽くなった気がする。やっぱり相談してよかった。

 しかし、多少晴れ晴れとした僕に対してお師匠様は悩んでいるようだ。

『むしろ、気がかりなのは予報が外れたことです…。なにか原因があるはずですので、こちらで調査をしてみます』

 そうか、僕の契約者探しよりもそっちの方に思考を取られていたのか…。当たり前と言えば当たり前だ。今回の僕の任務にはイレギュラーな要素が多すぎる。ありえないほどの凛の魔力。予報よりも早い悪しき者たちの動き。そして、クリスタルを持つ黒猫の存在…。


 僕は今後何があっても無くても、細かく連絡することを約束し、お師匠様との通信を終えた。

しかし、あのこと…黒猫が怪人を作り出したということだけは伝えることができなかった。

 きっと杞憂だ。あいつな訳がない。余計な心配をお師匠様にかけるわけにはいかない…。そう自分に言い訳をして寝室を後にすると、ゆきちゃんに捕まり、早速、枕にされた。


 まだまだら僕の魔法少女探しは終わらない。



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