帰り道で

「さぁ、ゆき帰るよー」

 お砂場で遊び倒して、うとうとと眠そうなゆきちゃんを抱え、水道で手を洗わせる、凛。

 手を洗い終わったゆきちゃんはぴっとりと凛にくっつき、とろんとした目をこすっていた。


 結局あのあと、僕らは砂場であの夫婦の行く末を見守りながら、今後の魔法少女捜索の作戦を練っていた。ちなみにゆきちゃんは、ダンゴムシを見つけてはバケツに入れる作業に没頭していた。


「ごめんよ、凛」

「いいよ、いいよ。これも世界平和のためだから」

 そういった凛は、ゆきちゃんを抱っこして、どっこいしょの掛け声とともに立ち上がる。

 背中をトントンとしながら歩けば、ゆきちゃんはもう夢の中だ。


 これから凛たちは家に帰る。そして、僕もそれについていく。凛が、ちゃんとした契約を結んでくれる子が見つかるまで凛たちの家を拠点に使ってもいいと許可をくれたのだ。

 カラスに襲われた話をしたら不憫に思ったようだ。不憫に思ったついでに、どうせなら、凛と契約を結びたかったのだが、それはやはり大変だからごめん、とのことだった。仕方がないが、別の子を探すしかないようだ…。


「あ、そうだ。うちにはあと旦那さんがいるけど、猫ちゃんの正体は隠した方がいい?」

 前を歩いていた凛が振り返り、そう聞いてきた。

「別に話しても平気だよ。ただ、僕が出ていくときに僕に関する記憶は消させてもらうことになるけど…」

「えっ!なにそれこわい…」

「大丈夫だよ。脳とか他の記憶とかには影響ないよ。凛は仮契約を結んだから記憶を消すことはできないけど、記憶を消したあとには旦那さんとゆきちゃんに僕のことを秘密にしておいてもらえると助かるな…」

「そういうもんなのね…りょうかーい!」


 なんだか軽い凛の了承に一抹の不安を感じつつも、僕は凛の後ろをトコトコと歩いてついていきながら、今日の戦いのことを振り返る。すでに悪しきものたちが動き出してしまった。僕も早く本契約を結ばなくては…。少し焦りを感じ、明日からの行動を考えていると、急に立ち止まった凛の足に激突した。


「うわ、いてて、ごめん、凛」

「んんー、大丈夫だよー。似てたけど怪我がないから違うか…」

「ん?なにが違うの?」

 凛の視線の先を見ると、そこには黒猫がいた。僕は少しどきりとした。あいつに似ていたから。

「いや、あのママをカンガルーにさせたのがちょうどあんな感じの黒猫だったなーって思ったんだけど…首にクリスタルみたいなのもないし全然違ったや!」


 あはは、と凛は軽く流して、再び歩き出した。しかし、僕は動けなくなった。


 黒猫が怪人を作った…?

 首にクリスタルを持った黒猫が…?


 僕は悪い想像を振り払い、凛を見失わないように、再び歩き出した。


 —ありえない。だって、あいつは死んだんだから…。



 =====


「あれって失敗なんじゃないの?」

 スーツ姿の20代半ばほどの女性がマンションの屋上から、先ほどまで魔法少女とカンガルーが戦っていた公園を見下ろしている。肩まで伸びた黒髪が風になびき、それを億劫そうに耳にかける。

「俺だって初めてだったんだ。でも、上々だ。素材が悪かったんだよ…。まさか、子供を守る方向に動くとはな…」

 片目を怪我した黒猫が女性の足元で、同じように公園を見下ろす。

「しかし、あいつがこの世界の担当になるとはな…。つくづく運がないぜ…ともかく、契約は結んだんだ。これからよろしく頼むぜ?」

 ニヤリと笑う黒猫に対して、無表情の女性は静かに言う。

「別に、興味ない…」

「おいおい、それは困るぜ?少なくともこの地球くらいは滅ぼして貰わねーとな」

 女性の眉間に皺がよる。

「どうでもいいよ。そんなこと…私は、私が滅びれば…」


 そんな、無関心な対応に気を悪くしたのか黒猫は舌打ちをして姿を消した。

 女性もため息をついてからそれに続いて消えた。


 =====


「お帰り、凛。ゆきちゃんは寝ちゃったか…」


 家に帰ると優しそうな凛の旦那さんが出迎えてくれた。旦那さんは、凛に抱かれ眠っているゆきちゃんのぽっぺをぷにぷにと触って幸せそうな表情を浮かべている。

 ここに来る途中に凛から、優しいを具現化したらそれがうちの旦那、と聞いていたが、本当に不思議とホワホワとした雰囲気を持っている人だった。この人が女性だったらきっと魔法少女の素質があっただろう。魔法少女姿を想像してしまい、ちょっと罪悪感…。でも、似合っている気がする。


「悠人、今日から猫ちゃんもしばらくうちにいることになったから、よろしくね」


 ゆきちゃんを寝室に運び込み戻って来るのと同時に、凛が玄関に座っている僕を指差しながらそう宣言した。

 どうやら僕のことに気がついていなかったらしく、僕を見るなり目を輝かせた。

「わー、猫ちゃん!かわいい!僕、一度でいいから猫と一緒に暮らしてみたかったんだー」

 凛の有無を言わせない宣言にも、喜んでいる旦那さん。なんだか、ものすごいふわふわしてる…。


 僕は気を取り直して、姿勢を正し、ぺこりと頭を下げる。

「しばらくお世話になります。シュロク・キャットベルと申します。以後お見知り置きを…」

 つい畏まりすぎて硬い挨拶になってしまった。

「えっ?猫ちゃんそんな名前だったの⁉︎」

「すごーい、僕一度でいいから猫とお話ししてみたかったんだよ。今日は夢が叶いまくる日だなー」


 なんだか、この先不安だけど、魔法少女探しの使命はまだまだ終わらない…。


 さてさて、これからどうなるのやら…。



第1話(完)

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