凛の戦い方②

 凛に怪人の心の浄化方法を教えている間も、カンガルー怪人は大人しかった。凛に襲いかかるでもなく、なにかを破壊するのでもなく、ただただ凛を見つめて足と尻尾で立っているのみだった。


 怪人の浄化の方法は3つある。凛にはこのうちの2つの方法を伝えた。

 1つは説得。これは相手がある程度正気を保っていないとできないが、一番被害を少なく抑えることができる。話し合いで解決するというやつだ。

 2つ目は覚醒。正気を失っている場合に有効だ。なんとかして正気を取り戻させ、心の闇を自覚させ、自ら浄化する方向に導く。あるいは説得につなげる。

 説得または覚醒をさせることができたら、指輪の力で心を解放してあげることができる。

 そして、3つ目は破壊。浄化を諦め、相手を殺してしまう方法だ。これは必要なさそうだから凛には伝えていない。


 ゆきちゃんは僕を頭に乗せてご機嫌に

「るー、いたー」とガンガルーにご満悦だ。


 —凛はどう出るだろうか?


 障壁の様子を軽く確認してから、戦いに集中する。

 凛はじりじりと間合いを詰めていく。距離が近づくにつれ、カンガルーの方はお腹の袋の守りを強固にしているように見える。

 あと3メートルと迫ったところで、凛が動いた。一瞬で間合いを詰め、カンガルーの背後に回り込み、足で尻尾を抑えつつ、お腹の袋に手を突っ込んだ。

 お腹の袋を一番集中して守っていた割にはあっさりと敵の侵入を許したのは仕方がない。だって、凛の動きが早すぎて全く見えない。動体視力を魔力で強化している僕にだって、残像しか見えていないのだから、生まれたばかりの怪人にはとても目視できる動きではなかった。


「…やっぱり!」

 袋の中からひょいとなにかを取り出しながら凛が呟いた。

 カンガルーの袋から出てくるものといえば、やはり子供だ。凛は袋の中から取り出した、ゆきちゃんと同い年位の男の子を、優しく横抱きにしながら、ガンガルーから距離を取る。男の子は眠っているようで、大人しく凛の腕に収まっている。


 どうやらカンガルー怪人はこの子のお母さんのようだ。


「グルルルル…」

 子供を取られたことで、カンガルーは今までとは打って変わって、攻撃的な雰囲気をまとい、その強靭な脚力を見せつけるかのように、凛の方へ猛スピードで向かっていく。


『凛!気をつけて!』

 そう心で唱えた瞬間には2人は殴り合いを始めていた。

 殴り合いといっても、ガンガルーの攻撃のほとんどは凛に受け流されるか、避けられるかしている。凛は反撃をせずに去なすのみ。


「あんた、なんでこんなことになってんの?」

 凛はカンガルーの右フックを避けながら問いかけた。どうやら凛は説得して心の浄化を計るつもりのようだ。

 カンガルーはなにも答えずに、子供を取り返そうとして、凛に黙々と攻撃を繰り返している。

「返答なしか…」

 凛は舌打ちとともに、そう呟いた。


『猫ちゃん、なんか相手の心読んだりとかできないの?』

 カンガルーの攻撃は激しさを増していく。手だけでの攻撃だったのに、さらにキックが加わり、凛も子供を抱きながら片手で去なすのが難しくなってきた。

『あるけど…』

『けど?』

『指輪を介して心を覗けるんだけど…対象が寝てたりしないとできないんだ。』

『あ?なんだ、簡単じゃん!』


 そのセリフが僕の頭の中に届いた時には、すでにカンガルーは凛にのしかかっていた。気を失った状態で…。

「え、えっ?なにが起きたの?」

「ちょっと顎を殴っただけだよ。脳震盪的なのを起こしただけ、変身すると、殺さないように力抑えるの難しいんだね…」

 いいえ、みんなもっと違う方向の苦労をします。凛の恐ろしさに血の気が引いている僕に対して

「じょうずー!」

 と嬉しそうに手をぱちぱちと叩いているゆきちゃんの温度差がすごいことになっている。


 地面の割れていない比較的平らな部分までガンガルを運び、ゆっくりと寝かせた凛は、指輪をガンガルーの額にそっと当てる。

 あの男の子の母親がどうして怪人になんてなってしまったのだろう。


 凛と僕は指輪の魔力でその心を覗き込んだ。

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