凛の戦い方①

 逃げ惑う人々。子供たちの泣き声。平和だった公園の影はもうない。

 一時的に魔法少女となった凛は、カンガルー型の怪人と対峙する。2人の周りの空気は張りつめている。


 — 凛…どうか無事で…。


 仮契約では僕の魔力で防御力や攻撃力を補うことはほとんどできない。いくら凛の元々の魔力が高かろうと、魔獣のサポートなしで戦闘して無事なはずがない…。例えるなら剣道の有段者が防具も竹刀も持たずに、箸で装備が完璧な相手に戦いを挑むようなものだ。


 ゆきちゃんも不安そうに凛のことを見つめている。

「ゆきちゃん、何があっても君のことは僕が守るからね!」

 意味がわかったのかどうかはわからないが、ゆきちゃんはふわりと笑い、僕の頭をなでなでしてくれた。

 その手が温かくて僕の方が勇気をもらったみたいだ。

 気を取り直して戦いの方へ意識を集中させると、頭の中に直接、凛の声が聞こえてきた。


『猫ちゃん、聞こえる?もう周りに人はいない?みんな避難したかな?』


 契約を結んだもの同士は、変身中に限りテレパシーで、意思疎通をすることが可能になる。このおかげで戦闘中に指示や相談ができて、とても便利なのだ。僕も頭の中で凛に語りかける。


『見た感じ誰もいなさそうだよ』

『よかった。あと、戦う時に色々壊れたりしても平気なの?』

『もちろん、僕の魔法で修復が可能だよ。でも人工物に限るから、そこは気をつけてね』

『それを聞いて安心した。これで思う存分暴れられる!』


 —えっ?暴れる…?


 変身前の凛からは出なさそうな物騒な言葉が飛び出て、ふと疑問に感じた瞬間に、突然、昨日感じた強力な魔力の波動を感じた。それと同時に、ガス爆発でも起こったのではないかと思うほどの爆発音と爆風が辺りに広がった。僕らの周りは、障壁のおかげで何も影響なく、障壁をなぞるように土煙が半円の形に沿って流れていく。

 土煙で何も見えないが、僕は何が起こったのかよく分かる。


 この爆発の原因は凛だ。


 そして、今僕の目には信じられない光景が広がっている。

 ものすごい爆発音の後に残された土煙が徐々に晴れていき、まず見えたのは丁寧に手入れされた芝生を乗せたまま割れた地面。そして、折れた電灯、絡まり合うブランコ、ひしゃげた鉄棒。


 その中心には僕の仮のパートナーとなった彼女。そして、その彼女に胸ぐらを掴まれ、地面から10㎝ほど空中に浮かんでいるカンガルー型の怪人。


 —あれ?こんなはずでは…なかったんだけどな…。


 衝撃を感じた瞬間には、凛がなんらかの力を発動したのかと思っただが、違った。

 僕には見えてはいなかったが、聞こえていた。


『さてと、間合い詰めて様子みますか!』

 という凛の考えが。

 それを踏まえると、凛はただ単に、気合いを入れて一歩踏み込んだだけだと考えられる。


 —なんてことだ!やっぱり昨日の魔力の持ち主だ凛だったみたいだ。それにこの力…。


 僕からの魔力供給がほとんどないにも関わらず、身体能力の向上と魔力の上がり方がありえないほどだ。

 基本的に契約を結べば、普段とは比べ物にならないほどの力を得る事ができるが、凛のそれは段違いだ。しかも仮契約程度でだ。

 もしも凛と本契約を結んだとしたら…きっと恐ろしいことになるだろう。

 こうなるともう凛の心配というよりはむしろ怪人の方が心配になってしまい、視線を向ける。

 カンガルー怪人はお腹の袋を両腕で押さえながら、身を捩り凛の手から逃れようとしている。そんなカンガルーの必死の抵抗を軽々とあしらう凛は、舌打ちをした。

「あんた、なんで手ェ使わないの?舐めてんのか?」

 およそ普段の凛からは想像できないような乱暴な言葉が飛び出した。


「うわぁ!ゆきちゃん聞いちゃダメ!」

 僕は咄嗟にゆきちゃんの頭にへばりつくように乗っかり、両前脚でゆきちゃんの耳を塞ぐ。肉球が耳栓がわりになってくれるといいのだが…。

 頭が嬉しそうに上下しているから、ご機嫌は良さそうで何よりだ。


『凛!なんて言葉を使うんだ!ゆきちゃんに悪影響だよ!』

『うるせぇっ!戦うってなると昔の影響のせいでこうなるんだよっ!てか、こいつどう倒せばいいんだ?殺せばいいのか?』

『ひぇー!なんてこというんだ!魔法少女は怪人の心の浄化をする存在。殺す、ダメ!絶対!』

 興奮のあまり片言になってしまった。

『心の浄化ぁー?なにそれ?』

『怪人は人の暗い気持ちやイライラした気持ちを基に生み出されるんだ。今は怪人だけど、そのカンガルー怪人も君みたいに変身しているだけで元々は人間なんだよ!』

『あ?それを早く言えよっ!』

 凛はパッとガンガルー怪人から手を離し、後ろに跳ね除け、間合いを取り、相手の出方を伺っている。


 カンガルー怪人は凛の手が離れると、少しよろめき、強靭そうな尻尾でバランスをとって体制を整えた。そして、ずっと庇っていたお腹の袋の中を覗き込んでから、少しホッとしたような表情になり、また袋を閉じた。


 その様子を見ていた凛は、何かに感づいたようで、しばらく考え込んでから

『ねぇ、猫ちゃん。心の浄化ってどうしたらできるの?』


 僕にそう問いかけた。

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