戦いの始まり

「ほーら、ゆき!お山ができたよー!」

「わー!」

 少し湿った砂で山を作る凛。 それをできたそばから崩していくゆきちゃん。それを呆れ顔で眺める僕。


 これで何度目だ?


 公園の遊具などが乱立する広場の木陰にある砂場で繰り広げられる創造と破壊。楽しそうな2人に対して、冷めている僕。ついさっき、僕のパトーナー候補の捜索の協力を誓い合った仲のはずなのになんなんだこの温度差は…。


「えーと…。これ、いつまで続くの…?」

 他の公園の利用者たちは遊具で遊んでいて、砂場で遊んでいるのは僕らだけだったので、僕は堪らず2人に声をかけた。


 凛はゆきちゃんからプラスチック製のスコップを受け取って、それでまた山を作っていきながら答える。ゆきちゃんはそれをワクワクしながら見ている。


「んー?どうかな?この間は1時間くらいやってたかな?」

「1時間⁉︎」

「最近これがゆきのマイブームだからねー」

「そんなー…。パートナー候補探しはどうするのさー?」


 僕は不貞腐れながら、凛に問う。

 また1つ小さな山が小さな怪獣によって壊された。現実のスケールで起こっていたら大事件だ。


「それはあと、後!どうせ何も情報がないなら探しようがないじゃない。だからとりあえず、今は予定通り、ゆきとお山壊すぞ!大作戦を決行するのー」


 また山を楽しそうに作る凛。ワクワク、キラキラお目目でスコップを振り回すゆきちゃん。砂場遊びは子供よりも大人の方が燃えるって、以前のパートナー候補の1人が言っていた。凛もその類なのかもしれない。

 そんなどうでもいいことを考えていると、

「わぶっ!」

 突然、砂が飛んできて変な声が出た。

 真っ白い自慢の毛が少しグレーになる。ブルブルと体を震わせて砂を払うと、それを見てゆきちゃんはキャッキャと笑う。どうやらこの怪獣の仕業らしい。


 ペロペロと毛繕いをして、気を取り直す。

「たしかに一理あるね…昨日魔力を感じたのは夕方だったから、それまで待って見てもいいかもしれない」

「そうそう。人探しなんて大変よー。探そうと頑張っても、いつまで経っても全然見つかんないんだから…」


 凛はそう言って周りの人たちの顔を確認しているようだった。お山を作る手が止まっている。


 —妙に実感が伴ってる気がする。

 凛の言葉に違和感を覚え

「それって…わぶっ!」

 それがどう言う意味かを尋ねようとすると砂が飛んできて、中断された。

 砂がきた方向見るとゆきちゃんが頭をフリフリしながら、こっちを見ている。


「あー、ゆき、さっきのブルブルが気に入ったんだ?猫ちゃん、嫌じゃなかったら悪いけど少し付き合ってあげて?」

「そんなぁー」

 でも、身体が汚れていると反射的にブルブルしてしまう。期待通りに僕がブルブルとすると、ゆきちゃんも嬉しそうに一緒になって頭をフリフリ。しばらくすると、また砂が飛んでくる。僕もなんだか少し楽しくなってきた。


 凛に見守られながら、何度かそんなことを繰り返していると、突然、誰かの悲鳴が公園に轟いた。

 これには流石にゆきちゃんもびっくりしたのか、僕に砂をかけるのをやめて、凛に抱きついた。頭上の木の葉が不穏な風で揺れる。

 凛は悲鳴が聞こえた方を睨み、ゆきちゃんを大事そうに抱きしめる。どんどんと人々がこちらの方へ逃げてくる。


「一体何なの?」

「わからない…探ってみる」

 僕は不安そうに抱き合う2人を守れるように、見えない障壁を張りながら、人々が逃げてくる方向に意識を集中させる。


 魔法による望遠の力で、頭の中に少し離れたところの映像が浮かぶ。逃げ惑う人々の中心に、カンガルーと人を半々にしたような姿の生き物がいた。


 —あれは…怪人⁉︎もう悪しきものたちが動き出したのか‼︎


「凛!今すぐゆきちゃんと逃げて!怪人が現れた‼︎」

「怪人?って…?世界を脅かす奴らのこと?

 早くパートナーを探さなくちゃじゃない!」

「そんな時間は無いよ!今回は僕だけでなんとかしてみるっ!」

「でも、さっきの話だと君だけじゃ戦えないんじゃないの?」


 ぐっ!痛いとこをつかれた…。

 たしかに本来なら僕だけでは戦えない。でも、まだパートナーがいないこの状況では仕方がない…。

 攻撃魔法は苦手だし、そもそも魔獣自らがが戦ったという話を聞いたことがない。


 —でも、今は僕だけがこの世界を救うことの出来る唯一の存在なんだ!


 意を決して、怪人がいる方向へ駆け出す。

「とにかく僕に任せて!凛はゆきちゃんの安全を一番に考えるんだ!」

 背中は振り返らない。今は2人を守らなくては!


「待って!」

「ぴぎぃ!」


 凛に急に尻尾を掴まれ今までに出したことのない声が出た。こんな声も出るんだね。びっくりした。

 尻尾の痺れをいなしている僕に凛が真剣な声をかけた。


「ちょっと不本意だけど…仮契約とかないの?もしあるなら、私、今回だけなら、戦ってもいいよ…」


 凛の凛とした闘気を携えた目が僕を射抜く。

 ゆきちゃんも緊張の面持ちで、僕の方を見ている。


「仮契約の前例はある…。でも、魔力供給が本契約の3分の1程度になるから、厳しい戦いを強いることになると思う…」


 前例はあると言っても様々な世界を救ってきた魔獣たちの長い歴史の中で、10に満たない程度しかない。そしてその半分は、パートナーの死亡によって仮契約が解除されている。

 この事実を伝えるかどうか迷っていると、何かを悟ったような顔をした凛が、僕の頭を優しく撫でた。


「大丈夫。私は死なないよ」


 きっと僕の表情から死の可能性があることを理解したんだろう。僕の横にゆきちゃんを下ろしながら、凛は力強く言う。


「この子を残して死ぬわけない!」


 そして、とびっきりの笑顔を僕らに向けた。

 この人ならきっと大丈夫。そんな根拠も、証拠もないけど、何故だか確信めいたものが心に宿る。


「さぁ、猫ちゃん!仮契約を急いで!」


「わかった!」


 ぼくは首輪のクリスタルに触れ、呪文を唱える。すると、クリスタルの一部が指輪の形に変化して、フヨフヨと光るクラゲのように凛の目の前まで登っていく。


「この指輪を付ければ仮契約は完了するよ!」


 物々しい雰囲気に飲まれたのか、泣き出しそうな顔をしているゆきちゃんを、凛は優しく抱きしめ、背中をとんとんと叩きながら、優しい声で話す。


「私は大丈夫。ゆきは猫ちゃんの側から離れないでね」

「…あい」

 凛の言葉に涙を堪えて強く頷くゆきちゃん。この子も強い子だ。


「猫ちゃん、ゆきのことよろしくね」


 僕は深く頷く。

「命に代えても守ってみせるよ!」

「ありがとねっ!さぁーて、行きますか!」


 凛はごきっと指を慣らしてから、指輪に手を伸ばす。漂う指輪は、凛の指に吸い込まれるようにはまっていく。完全に装備されると辺りはまばゆい光に包まれた。


 光が消えるとそこには立派な魔法少女になった凛の姿が…!



「んっ?魔法少女って…なんか変わった?」

「何を言ってるんだい?全く違うよ!」

「えっ?だって服も変わらないし、髪の毛も伸びないよ?魔法少女って…少女って年齢じゃないけど…もっとこうなんかきゅあきゅあーって感じにフリフリしたりするじゃないのっ⁉︎」

「仮契約の段階で衣装とか考えるの大変だからこんな感じでいいんだよ!正体はわからないようにしてあるから安心してね!」

「りん?どこー?」

「ほら、ゆきちゃんもこう言ってるよ!」


 えー、と不満そうに自身の姿を見回す凛だが、緊急事態だから納得してもらうしかない。

 そうこうしているうちに、怪人が視界に入るところまで近づいてきている。


「凛!怪人が来てる!気をつけて!」

 僕はゆきちゃんと自分を守るために、魔法で障壁を張る。

「あれが怪人?カンガルーみたいな見た目だね?とにかく、あいつを倒せばいいのね?」

「そうだよ…。でも魔力供給が少ないから危なくなったら逃げるんだよ…」


 凛には死んでほしくない。不安が伝わったのか凛は、また優しく微笑む。

「私は大丈夫。任せといて!」

 そう言ってカンガルーの怪人に向き合う。


 ついに、凛の戦いが始まった。


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