第1話 「あれ…こんなはずでは…」
出会い①
今僕の目には信じられない光景が広がっている。
ものすごい爆発音の後に残された土煙が徐々に晴れていき、まず見えたのは丁寧に手入れされた芝生を乗せたまま割れた地面。そして、折れた電灯、絡まり合うブランコ、ひしゃげた鉄棒。
その中心には僕の仮のパートナーとなった彼女。そして、その彼女に胸ぐらを掴まれ、地面から10㎝ほど空中に浮かんでいるカンガルー型の怪人。
—あれ?こんなはずでは…なかったんだけどな…。
ここは数分前まで美しく平和な日曜日の公園だったはず…。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
時は遡り、一時間ほど前。
日曜日の公園では、沢山の親子連れがいたるところで、ポップアップテントやらレジャーシートやらを広げて、己が領土を示していた。もうすぐお昼時という事もあり、お弁当を食べている人たちもいる。
近くに数棟マンションが立ち並んでいるため、そこの住人たち、とりわけ子育て世代の生活の質を向上させるために整備されたであろうこの公園は、その使命を遺憾なく発揮していた。
「きゅあきゅあビーム!」
「うわー、やられたー!」
日曜の朝に放送されている女児向けアニメ番組のごっこ遊びに興じる親子や、遊具で遊ぶ親子。 平和そのもの。
そんなのんびりとした公園の木陰に白い猫がいる。それが僕だ。見た目は普通の白猫だが、その実態は魔獣である。僕はこの公園よろしく、この世界を悪しきものの手から救うという使命を全うするために、ここにいる。
—幸いまだ、悪しきもの達の動きはないようだ。でも、早くパートナーとなってくれる人を探さなくては…。
僕ら魔獣は自分で戦うことはできない。ならどうやって世界を守るのかというと、パートナーと契約を交わして、僕らの代わりに戦ってもらうというスタイルをとっている。
契約とは、僕らは魔力を供給して、パートナーには戦闘力を提供してもらうというものだ。もちろん、戦ってもらうにはリスクがあるから、この世界を救った暁には、どんな願いでも(もちろん世界の秩序を乱さない範囲でだが)1つ叶えられる。というおまけが付いている。
ここ数日、僕は色々な町を巡って、僕の魔力の波長と共鳴する人を探しているのだが、昨日まで何も収穫がなかった。
そう昨日まで…。
昨日のことはあまり思い出したくない…。
魔獣であるにも関わらず、僕はお恥ずかしいことに、カラスに首輪のクリスタルを狙われながら、逃げ回っていた。あいつらのキラキラした物への執念心には舌を巻くほどだ。
夕方まで代わる代わる追いかけてくるカラスから逃げるうちに、いつの間にやらこの公園にたどり着いていた。カラスたちの隙を見て、木の上までよじ登り、身を隠していると、不意に風で運ばれてきた、とてつもない魔力の波動を感じた。
その波動によってクリスタルの輝きが増して、カラスたちに気がつかれ、魔力の発信源を探るのに失敗したのは内緒だ。
日付が変わり、今日になって、再び公園に舞い戻った僕は、あてはないがとりあえず近くにあるマンションの住人の可能性が高いと考え、今朝からこの木の上で張っている。
—さてと、昨日この辺りで感じた強い魔力の持ち主はっと…。
周囲に注意を払い、魔力の探索感度を上げて捜索を続ける。しかし、今のところ残念なことに空振り状態だ。
そんな時に急に下からボリュームの調節が下手くそな声が飛んできた。
「あっ!にゃんにゃん!」
声に驚いて下を見ると、僕の方を指差している女の子がいた。
まだジャンプもろくにできないらしく、ぴょこぴょこの膝だけで跳ねて喜びを表している。
—なんだ…こどもか…。
見ている分にはこんなに可愛い存在はほかにないと感じるのだが、僕は正直、少しだけ子どもが苦手だ…。
尻尾を引っ張ってきたり、力加減が下手だったり、こっちが嫌がればその子の親に何故だか僕が怒られたり…、とにかく理不尽なのだ。
この世界に来てからというもの何故だか、僕の魔力の波動に共鳴する人は、例外なく皆絶賛子育て中の女性ばかりだった。
お守りを頼まれて、赤ちゃんの相手をしながら
「僕と契約して、悪しきものと戦ってくれないかい?」と言っても、返ってくるのは
「いま、忙しい!」
「無理!」
「自分のこともまともにできる余裕ないのに世界を救うとか無理!」
…ごもっともである。
子育て、即ち、命を育てること。片手間でできることではない…。
説明中に少し赤ちゃんの世話をしてみたが、5分間一緒にいるだけで相当の疲労感だった。それを24時間365日対応している母親や父親という存在は、一体どれほどの苦労なのだろうか…。
そんな理由と、昨日の疲労感から木の下の女の子に関わるのも煩わしく思い、魔法で姿を消した。
僕の姿が見えなくなったので女の子は少し寂しそうに
「にゃんにゃん、いったった…」
と舌ったらずに状況を理解してくれた。
—君に構ってる暇はないんだ…ごめんよ。
「ゆきー、ひとりで行かないよー」
女の子の母親だろうか。右手にお砂場セット、左手にピクニックバッグ、背中に折りたたまれたポップアップテントを担いだ女性が女の子に声をかけながら、僕らの方へ近づいて来た。
それに気がついた、女の子は僕のいた所を指差して
「りん、にゃんにゃん、いったったー」
と母親に報告している。
「にゃんにゃんいたのー?よかったね、でもいっちゃったの?」
母親が女の子の頭に麦わら帽子を被せながら、指先を辿って僕の方を見た。
「あれ?まだ、にゃんにゃんいるよー!ゆきからは見えにくいのかな?」
—えっ⁉︎
どういうことだ?たしかに姿は消えているはず…。
女の子も木の上をキョロキョロと見回してから「にゃんにゃん、いったったよー」
と母親の発言を否定している。
「えー、ほらあそこだよー!白いにゃんにゃんでしょー?」
彼女の右の人差し指はたしかに僕のことをさしている。色まで的確に言い当てた。
—まさかね…。
試しに枝の上をあっちこっちと動いて見るとしっかりと視線が付いてくる。
「…っありえないっ!」
今までに経験したことのない事態に、つい声が出てしまった。
「えっ⁉︎猫が喋った…⁉︎」
これが僕のパートナー凛とのファーストコンタクトだった。
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