第21話 桃花源の東(1)

 某日。雲中子は分館に赴き、副所長の静乃と先日の巨手騒動について調査報告と意見交換を行っていた。

 その後も警備隊と協力し、周辺の調査もした。仙界府の記録部に頼んで過去似た騒動がなかったかも調べた。勿論、保護センターで近しい妖獣の記録も探した。しかし、見つからないのだ。あの怪異の正体が。

「目撃は二度、しかもどちらも仙郷内でだ。我々は未だ正体がわかっていない。早く情報を得ないことには、住民の信用問題に関わる」

 会議室はやや狭いが本館と似た作りで、無機質なライトグレーの壁にホワイトボード、ぐるりと円状に配置された机と椅子がいくつかとシンプルだ。しかし窓がない分、灯りを点けてもどこか暗く感じる。

 二人は向かい合うように座り、それぞれに資料を広げている。

「先日、里での説明会をしたそうですが、どうだったのですか?」

「里側での目撃情報が無いことを強調したうえで、異臭や不審なものを見たらすぐに逃げて報告をお願いして終わったよ。いまは里側に被害が出ていない分、住民の不安不満は高くはないけど……」

「時間の問題、ですね」

「そう。分かっていることは資料に纏めてもらった通りだけど」

 雲中子は資料をぺらりと捲る。

「動物、というには生きた呪詛に近い。妖獣でもない。生き物の理から離れている。体こそあれど、あれは怨念に近しい。しかし僵尸の類でもない。より調査するにはサンプルが消滅してしまい、手元にない。うちで保管していたものも、本体の消滅と共に消えた。正直、ウチ──生物研究部の管轄で調べられる範囲を超えている。あとは府庁本部に掛け合って、別の部に調査を引き継ぐしかないと思う」

「そう、ですね。仰る通り、あれは妖獣の類では無かったように感じます。性質は凶星の妖獣に近いような印象でしたが、少なくともこちらでの調査は限界でしょう」

「……と、いう訳なんだけど、顕聖殿はなにかご意見はありますか?」

 雲中子が右側へ視線を向けると、所謂議長席のポジションに顕聖二郎真君が座っておりコピーされた資料に目を通している。彼も例の事件の調査報告を聞きにここまでやって来たのだ。

「……この、姜子牙と名乗る尸解仙についてですが」

 その一言に、雲中子は困ったように顔をしかめた。

「彼は最初の目撃者だ。にも関わらず、証言が無い。報告書を見るに、何か知っている口ぶりです。調書を一度取っておきたいのですが、居場所に心当たりは?」

「残念ながら。最近はてんで顔を見せないもんで、近況すらわからないネ。太乙真人とつるんでいるようではあるケド、その太乙真人も聞いたところによると、桃源郷内にいくつも研究室を作って転々としているらしい。ボクとしても色々と話は聞きたいところだけれど」

「そうですか」

 二郎真君はもう一度資料に目を落とし、しばらく思案を巡らせると顔を上げた。

「調査限界の件は了解致しました。この件は私が一旦預かります。近日中に改めて調査本部が立ち上がるとは思いますが、その折にはご協力をお願いします」

「ウチで手伝える事なら、なんなりと」

「分館も協力を惜しみません。私はこの近郊から離れられませんが、御用がありましたらお申し付けください」

 その後は二、三点ほど通常の業務連絡と情報共有をして、解散となった。雲中子と二郎真君は並んで歩きながら出口へ向かう。すれ違う職員は少なく、警備役の黄巾力士が忙しなく廊下を行き来している。

「呪詛に詳しい神仙にお心当たりはありますか?無論、府庁でも当たってみますが、府庁のデータベースに登録されていない御方も少なからずいらっしゃいますので」

「御高名様は群れることに無関心だからなァ。一応連絡は取ってみるケド、生きてるかすら謎だから期待はしないでネ。全く、こういう話が仙道はつくづく組織を形成するのに向いてない生き物だと実感する」

 雲中子は多少わざとらしく肩を落としてため息を吐いた。それに合わせて、二郎真君も苦笑する。それすらも絵になる美丈夫であるから、雲中子は少しだけ羨ましいような感情に襲われる。

「雲中子様の言う通りです。仙道は基本的に個人主義で、各々の道こそあれど結局のところ自己完結主義でもあります。道を極める為に人間性を捨てる者も少なくないですし、そのような生物を組織として纏めようとするのも、正直どうかと思いますよ」

「議長自らが言っちゃっていいのかな、そんなコト」

「事実ですから。だからこそ、意思疎通ができる仙道は大切にせねばと常々考えています。頼りにしていますよ、大御所先生」

「だったら、ボクの減給期間も短くしてくれないかなァ」

「それはそれ、これはこれです」

「ちぇー」

 雲中子は口を尖らせてみたが、二郎真君は涼やか笑むだけだ。

「ああ、それで思い出しました。先程の話題に出ていた姜子牙ですが、道士として正式に登録されました」

「はァ!?なんで?あいつ師匠いないじゃん!いつ申請出してた?そんでどうやって!?」

 雲中子は信じられないような物を見る目で二郎真君の方を見た。二郎真君の方が背が高い為、見上げるような形になったが。

「申請自体は、貴方の減給が決定して数日後に。審査は少々難儀したようですが、申請に不備は無く師匠も存在します。個人情報になりますので、私からは開示できませんが」

「はあ〜〜〜〜、世も末……」

 開いた口が塞がらぬといった様子で、雲中子は腕を組みながらため息をつく。

 そんな雑談をしながら正面玄関に差し掛かった時だ。

「……ん?なんだ、外が騒がしいネ?」

 外から聞こえる音に、雲中子は首を傾げた。動物の鳴き声がする。それもだいぶ興奮した様子で。二郎真君は冷静に、かつ警戒するように眉を顰め、

「私の宝器、哮天犬ですね。施設内には持ち込めないので、番犬も兼ねて表に放していたのですが。それにしても、こんなに吠えるなんて、何がいるのか……」

 二人に緊張が走る。付近の山から野生の妖獣が迷い込んだのかもしれない。あるいは、巨手の類か。


 警戒しながら扉を開けると、そこには意外な光景が飛び込んできた。

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