第20話 みずのかたち、ひとのかたち(6)

 四日目。

 この日は元々休日だったこともあり、張景は午前中の間は桃源洞に戻って溜まった家の仕事をこなしていた。

「──と、いう訳なんです。どう思いますか、師匠」

 溜まった食器を洗いながら、広成子に意見を求めてみた。広成子は台所の裏口を出てすぐにある花壇の手入れをしながら、

「そうです、ね。少なくとも貴方を嫌っている訳ではなさそうですが……。照れ隠しという訳でも無く。これは、ううん」

 と、壁越しでもわかるほど非常に首を傾げて考えていた。

「とにかく、冷静に、平常でいることです。困惑すると、ただでさえ長期の不調で溜めにくかった内丹に影響する可能性があります。それになにより、明らかに動揺していると向こうも気を遣うでしょう。一度しか会ってはいませんが、お兄さんは人一倍他者の感情に敏感のはずです。違いますか?」

「……そう、ですね。その通りだと思います。まずは話しやすい環境を、ですね!」

 落ち込んでいた気持ちをなんとか軌道修正し、広成子にお礼と不在時の注意事項を伝えて、張景は意気揚々と保護センターへ向かった。

 時刻は一三時を過ぎたあたり。まず、部屋に戻ったがスイの姿はない。その代わり、寝台の布団も消えており、部屋全体が片付けられていた。

 通りかかった職員に話を聞くと、屋上へ布団を干しに行ったそうだ。部屋は一階、二棟は階段しかない。二組ぶんの布団の上げ下げは重労働だ。

(言ってくれたら、戻る前に手伝ったのに)

 内心不満を漏らしながら、屋上に向かってみるも、やはり姿はない。天気は良かったが、屋上に吹き渡る秋風はやや肌寒い。

 食堂まで降りてきたが、人の気配はない。もしやと思い、ロッカーへ向かう。が、何も入っておらず、張景は胸を撫で下ろした。そこに偶然やってきた徐栄が、スイが倉庫にいたという情報を提供してくれた。

 徐栄に礼を言い倉庫へ向かうと、そこには初日と同じように、茣蓙に膝をついて黙々と竹を編むスイの姿があった。

 スイは張景に気づくと手を止め、

「おかえり」

「う、うん。ただいま」

 それだけ言葉を交わし、作業に戻る。張景はとりあえず背の低い椅子を持って来て、スイの近くに腰掛けた。

 しばらく言葉はなく、スイの作業を張景が黙々と見守る。スイは手慣れた手つきで竹をザルの形へと編んでいく。張景は道具を直すことはあれど、竹細工を一から組んだことがなかったため、興味深そうに眺めていた。

 竹同士が擦り合い、叩かれ、地面に当たる音だけがしばらく倉庫に響く。

 そんな静寂を破ったのは、スイの方だった。

「もう知ってるかもしれないけど、下界に戻ってから、呉蒙先生って人に面倒見てもらってたんだ」

 ドキリと心臓が跳ね、無意識に足に力が入る。その靴が擦れる音を聞いてスイは苦笑し、

「まあ、想定内だから。で、その爺先生はそりゃあスパルタで、自分は長くないから教えられるうちにって、来る日も来る日も勉強、勉強、体力づくり、あと勉強。勉強は……まあ、父様のおかげでなんとかなったけど」

「父様、なにかされていましたっけ?」

「オレを不憫に思って、最寄りの町から定期的に教師を招いてくださったんだ。『これからの時代、勉学ができないと生き残れない。お前がしっかり学び、下の子たちに教えてやれ』って。先見性はあったんだけど、な」

 スイは手を止め、張景を見つめた。その顔色は暗みを帯びていて、

「……知りたいなら、話すけど。滅んだ理由。詳しく。どうする?」

 張景はその言葉に目を見開き──首を横に振った。

「今はいいかな。それより、それ僕もやってみたいな。教えてよ」

 次はスイの方が意表を突かれたように、目をぱちぱちと何度か瞬かせた。

「わかった。じゃあ竹ひごが足りないな……。準備するから鉈を触ったこと、内緒にしてろよ?」

 立ち上がったときに見せた笑みは、普段の彼に近いものだった。

 それが張景には嬉しくて、嬉しくて。

 その後はスイに教わりながら、夢中で竹を編んだ。何度も指を切りそうになりつつ、コツを掴むと結構楽しい。竹ひごを交差させて、編み目を整えて、時折手を止めて全体を見ては微調整をする。


 パキパキ、トントン、しゃらしゃら。


 パキパキ、トントン、しゃらしゃら。


 ようやく形になった頃には、西陽がだいぶ傾いていた。窓から差し込む陽光に照らされた張景の処女作は、正直微妙な出来で、張景は上にかざしながら難しい顔で出来栄えを確認する。力加減と間隔を間違えたようで、所々歪だ。

「うーん……。納得がいかない」

「初めてにしては上手いと思うけど。オレのだって、ぱっと見はともかく仕上げは下手だし」

「それでも納得いかない。こうなったら次の休みも作る。僕が許せない」

「はは、一度決めたらブレないからなぁ、お前は」

「……ようやく笑った」

「……あ」

 スイはしまった、といった様子で口の端が引き攣る。どうしようかと視線を逸そうとしたが、それと同時に盛大に腹が鳴った。

 そういえば、張景は昼食をとっていなかった。それはスイも同じだったのだろう。張景がくすりと笑うと、スイも誤魔化すように笑った。

「……なんか、食うか。布団取り込んだら」

「そうだね、何がいい?」

「腹が減ったから、なんでも。それよりさ」

 まだどこか躊躇うようにひと呼吸置き、


「明日、どこかに出かけないか?」

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