第20話 みずのかたち、ひとのかたち(5)

 一度捕まってからというものの、スイは思っていたより大人しかった。単純に観念しただけかもしれないし、『つぎ隠れたら、発信機に鈴をつける』と脅した事が効いたのかもしれないし、それとも効いたのは天明があのあと放った言葉だったかもしれない。

「……ケイは、下界でスイが俺に、どんなことをどういう風に教えたか、聞いてきた。スイにやってみたいと言っていた。スイはあのとき、必要だから教えると言っていて……それと同じなら、今回も必要なのだろう。だから教えた」

「……そ、そうか。お前がそう考えたのなら、うん」

 それを聞いたスイの表情と言ったら、なんとも複雑な表情で、雲中子が後に『リアルキュビズム』と語っていたほどだ。

 また、しばらくの共同生活を強いる代わりに、雲中子はスイにひとつ提案をした。張景と一緒なら、センターの軽作業を手伝ってもいいという。一日を退屈に過ごしていたスイにとっては願ってもないことだし、渋々であれ実際それを呑んだわけなのだが。

「……」

「……」

「あ、悪い。そこの霧吹き取ってくれるか?一番下にある、取っ手がついたやつ」

「これ?」

「そう、ありがとう。…………」

(……き、気まずい……)

 施設裏の倉庫。その一角で、二人して用具の修繕をしていたが、驚くほど会話が少ない。

(おかしい。普段はこっちが何も言わなくても雑談が止まることはないのに)

 このような仕事をスイとするのは、今に始まったことではない。むしろ業務の半分は清掃や修繕、畑作業などと言っても過言ではないため頻繁に作業を共にしたのだが、このような静かな作業は初めてで、張景は困惑していた。

 スイは張景の戸惑いを知ってか知らずか、両手両足を使って器用に竹籠を編んでいる。破損を修理するよりも、作り直した方が良いという判断だそうだ。

 その手際の良さに、張景は手を止めた。

「それ、作るの上手いですね。以前からやってたんです?」

「ん?んー……、まあ、そんなところ」

 会話終了。

 数秒ほどの沈黙のあと、しかし負けていられないと持ち直し、

「そういえば、もうすぐお昼ですけど何が食べたい?作りますよ」

「んー……、なんでも」

 負けない、喰らいつく。

「なんでもって事はないでしょう?好きな食べ物とか、あります?」

「別に、なんでも食べるから特には……」

「じゃあ……これは無理!っていうのは?」

「んんー……」

 手は止めずに、スイはしばらく考え込む。これは真面目に悩んでいるようだ。

 しばらくの沈黙の後、彼の出した答えは。

「……炭化した食材は、ちょっと」

「それ、もう食べ物じゃないですって!……わかった、今日はとりあえず僕が適当に作ります。食べたいものがあったら、教えてください」

「ん。わかった」

 わかったのか、そうでないのか。それだけ言うとスイは自分の作業に戻る。張景も、釈然としないまま自分の作業に戻った。


 日中はぎくしゃくとした空気で終始作業をし、昼食は食堂で。

 仕事を終え、夕食も済ませた頃に雲中子に呼ばれて、張景のみ席を外した。

「どう?初日、うまく行ってる?」

「はは……。なぜか思った以上に心を閉ざしている感が……」

「おっかしいなァ。きのう挨拶したときはいつも通りだったんだけどな〜?不貞腐れてる感じ?」

「いえ、少なくとも表面的には不服そうな様子はなくて……、淡々としています。正直かなり困惑しています……」

 雲中子は目をぎゅっと瞑りながら悩ましげに唸り、

「しばらく様子見で、なにかあったら呼んでネ。すぐ行くから」

 と、現状維持ということで解散した。


 食後にスイの部屋で各自過ごすも、これといって会話はない。張景が振っても、スイが生返事で終わらせてしまうからだ。

 少し時計が進んだころ、遠くからゆっくりとした足音が聞こえてきた。それに気付いたスイは素早く扉を開けに行く。

「……ただい、ま」

 足音の主は天明だった。真っ直ぐスイを見て、その次に張景を見たが、微妙に焦点が定まっていない。とても眠たげだ。

「天明さん、おかえりなさい」

「おかえり。今日も頑張ったか?」

「…………うん」

「そっか。……悪い、景。ちょっと手伝ってくれないか?オレの布団まで運……うおっ!?」

 言い終わらないうちに、天明がぐらりと傾く。スイが慌てて支え、張景も急いで加勢に向かい二人でえっちらおっちらと寝台まで運んだ。うつ伏せになってしまったが、スイ曰く問題はないらしい。寝息を立てていないように見えるので、それでも少し心配だが。

「こりゃ一時間は起きないな。景は天明の布団を使ってくれ」

「兄さんは?」

「天明が起きるまで待ってる」

「……じゃあ、僕も起きて待ってますよ」

 スイは困ったように薄く笑ってみせた。

「景は仕事があるだろう。オレは自由なもんなんだから、先に寝てくれよ。大丈夫、逃げないから」

 そう言って、さっさと部屋の照明を落として自分は椅子に腰掛けてしまった。

 張景は何か言ってやりたい気持ちもあったが、言い分に隙がないため釈然としないまま、仕方なく眠りについた。


 翌日も、二人で裏方作業を行う。

 本日の業務は、日中屋外へ出している妖獣の檻の清掃だ。これ自体は普段の業務と変わらないため、二人とも手際よく終わらせていく。

 昼食及び夕食のリクエストを聞いてみたが、「特に思い浮かばない」と言われてしまった。

 この夜、昨日より早めに天明が帰ってきたが、なにがあったのか全身ずぶ濡れで強制シャワーコースとなり、疲れた両名はすぐに寝てしまった。


 三日目の作業は、未使用の収容室の手入れ。

 二棟の奥まったところに何室かあり、いずれもコンクリートのような材質の床と壁に檻で仕切られたスペースが三つある。

「そういえば、兄さん達は最初にここに入っていたんですか?」

「あー……」

 張景に尋ねられると、スイはキョロキョロと辺りを見渡し、なにかを見つけると壁を指差した。

「あそこ、天明がむかし壊した壁。修理の跡があるはず」

「……あ、本当だ。色が違う」

 指された壁の前まで歩き、注視する。スイの言うとおり、壁自体は綺麗に平らではあるが途中から壁の色が微妙に変わっているところがある。

「ホース取ってくるから、高いところの埃落としを頼んだ」

「う、うん」

 これで、本日の目立った会話は以上である。

 なお、食事のリクエストは「景の飯はなんでも美味いから」と、はぐらかされた。


 そして、四日目──。

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