第20話 みずのかたち、ひとのかたち(3)
その日、休憩室に入った時に驚いた。見違えるほど綺麗になっていたからだ。
掃除は当番制でしてはいるものの、休憩室は所有者不明の私物が押し込まれていたり、処分に困った古い家具小物類が隅に積まれていたりで、少々手狭だった。それが綺麗に片され、空間が広々としているではないか。
「そそ、早朝のよ、四時頃にスイが、来ましてな。さ、さ探し物ついでに大掃除を。私物類は、そそ、倉庫に移していますって」
どもり気味で語るのは、夜勤明けで帰る前だった李根氏。話を聞きながら、張景は床に視線を落とし、
「……物探しで普通、床にワックスはかけませんよね?たぶん、そういう名目で仕事がしたかったんでしょう」
「ワタクシも、ど、同意見です」
お互いに小さくため息をつく。眠れないゆえの行動なのか、それとも張景が来ると思っての気遣いなのか、それ以外なのかはわからない。だが、真意はどうであれ、会えばお礼は言おうと心に決めたのだった。
結局その日は会えず仕舞いだったのだが。
帰る直前に天明に会えたため、聞いてみたが、
「……今日は、一人でいたいと。施設からは出ていない」
との回答があり、仕方なく帰ることにした。
別の日。
ロッカーに紙袋が引っ掛けてあると思ったら、中に大量の栗が入っていた。
聞き込みをしたところ、おそらく犯人はスイらしい。少なくとも施設の食料をちょろまかしたものではないのは確かだが、出所は不明だ。
「逆に怖いんですけど……」
この日は一度もスイに会わず、天明も同じことしか言わないため、半信半疑で栗を持って帰った。
別の日。
朝早くからやたら大きな荷物が届く。なんと虚越泉だった。
一緒に入っていた手紙には、『所用でしばらく行けない。面倒だが府庁には許可を得た。汚さず使え』という雑な文字と、隅の方に小さく綺麗な文字で『許可証のコピーを入れています。姜より』と書かれていた。確かに、手紙を捲ると許可証のコピーがある。しかも使用条件がかなり緩和されており、使用する場所さえ安全であれば使用時間に制限が無くなっている。
「ちくしょう……正直助かる」
と、雲中子が呟いたのを、張景は聞き逃さなかった。
しかしそのせいで、天明は雲中子に連れていかれ、スイは──少なくとも張景は会えなかった。間の悪いことに、張景が小型妖獣の検便からの風呂でてんやわんやしている間に、所長室で天明について話をしていたらしい。
そのあと天明と話すことはでき、数日後に虚越泉を起動することが決まった。
帰りにロッカーを開くと、大きな封筒いっぱいに銀杏が入っていた。
「……俺、こういう絵本読んだことあるわ」
後ろにいた徐栄が呟いた。
別の日。
「こらーー!止まれ、止まれ!!ていうか廊下を走るなーーっ!!」
偶然、廊下にてスイと遭遇するが、角を曲がったところであっという間に撒かれてしまった。
「さすが、百年以上ここに居るだけはあるわね……。あの素早さ、最短ルートどころか皆のルーティンを熟知した上で、即座に最適なルートを選んで的確に逃げているに違いないわ」
そうコメントしたのは、保護センターの古株こと蘇紅玉である。
なお、この日は施設の土地端にある妖獣用の畑の手入れ当番だったが、来た時には何者かの手により終わっていた。
ロッカーには文旦が四つ転がっていた。
別の日。
この日は夜勤だったので、部屋に戻ってくるタイミングを見計らって見回っていたが、少し油断した隙に鍵がかかっていた。
何度か扉を叩くが、先輩職員に音が響くと注意され、夜明けまで何もできず。
気がついたら部屋から居なくなっており、終業後、ロッカーを開けると柿が六つ置かれていた。
更に別の日。
天明の修行が再開となり、日中は姿を見かけることが少なくなる。
なおスイには相変わらず会えない。目撃情報もあるにはあるが、日に日に件数が少なくなっている気がする。別の職員が何度か声をかけてみたが、忙しそうに二、三言交わす程度ですぐに居なくなるらしい。
本日のロッカーには立派な釋迦頭が二つ鎮座していた。
更に更に別の日。
朝、ロッカーを開けると封筒が入っていた。
恐る恐る開けてみると──預金通帳と、署名と母印つきの名義変更届が入っていた。
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