第19話 妖獣保護センター・分館(2)
仙界エリアは、大半が山と森である。
はるか昔、人間と仙人達が居住ラインを定める際に取り決めたことだ。人間側に平地を多めに譲り、断崖絶壁の山々連なる部分の多くを仙人側が取った。修行地としても良く、清廉な水や気も良く流れているためである。
対して、人間側も開発しやすい平地側は非常に都合が良い。双方納得のいく形で同意され、今に至る。
「で、分館はこの道の先。もうちょっとしたら山の中に見えてくるからネ。道は覚えた?」
「はい、これぐらいなら、まあ」
山々の合間にあるグネグネとした道を、二人は分けた荷物を背負い歩く。たまに車を通さないといけないため、道の整備はされているが、舗装されているわけではない。ガードレールのようなものもなく、いまの道は右に崖(崖下にはもれなく川と森)、左に断崖絶壁、時々落石といった具合だ。
「最初は妖獣の保護施設なんてもの、なんで里側にあるんだと思いましたけど、ようやく納得しましたよ……。平坦な土地は無いし、資材運びも一苦労ですよね」
「ハハハ、ご明察。物資の運搬も、里の方から従業員を雇うことも不可能だしネ。いやァ、建設前の説明会は苦労したなぁ。建設直後の妖獣大脱走事件のときなんて、各方面への謝罪で胃が擦り潰れるかと思ったし」
「アツユだけじゃなかったんですか……」
「むしろアツユは施設内から出てなかったし、キミ達には怖い目をさせたけど、おかげで職員に怪我はなかったからネ。まだ可愛いほうサ。怒られはしたケド」
そりゃそうでしょうよ、という言葉を呑み込ん張景は、
「ところで、なぜ僕を別館に?」
と、疑問を口にしたところ、雲中子は少々困ったように眉尻を下げながら笑った。
「やあ〜……、新人研修の一環で、一年以内にはみんな一度は見学が必須ってのもあるんだケド……ほら、例の話もあったしネ?」
張景は、先日の話を思い出す。スイの言っていた別館移動というのが、いま当に向かっている場所だ。口外はできないためそれ以上の話はできないのか──と思ったが、雲中子の妙に歯切れの悪い言い方に違和感を覚えた。
「それ以外にも理由があるんですか?」
「いやあ〜アハハハハハ……」
雲中子はしばらく笑ってみせるも、やがて声のトーンを落とし、
「……スイが足の骨を折りました」
「はぁ!?また!?いつ、なんで!?」
張景に詰め寄られ、雲中子は萎縮してぼつぼつと話しを続ける。
「一週間ぐらい前に……踊り場が濡れてて……滑って、階段から……。明日にはギプス取れるケド、景クンの謹慎が早まるって聞いたらしくて、『みっともない姿は見せられないから、時間稼ぎをしてほしい』と頼み込まれて……」
「あのバカ兄貴ーー!」
「三回目だから絶対怒られるって……、切羽詰まった顔で言うから……つい」
「前々から思ってましたけど、雲中子様って兄さんに甘いですよね」
「自覚しかない……」
やれやれと呆れた様子でため息をつき、ずれた荷物を背負い直した。
「そ、それとネ!副所長のご指名でもあるんだ」
「副所長の……?」
不思議そうに、張景は首を傾げた。張景は副所長に会うどころか、名前すら知らない。そんな人物に指名される心当たりなどないからだ。
「このまえ新種の妖獣らしきものを捕獲したらしいんだケド、その意見が聞きたいそうで。──あ、ほらほら見えてきたヨ」
雲中子は目の前に広がる景色の一点を指さす。その先を目を凝らして見てみると、山の中に歩道らしき筋が伸びており、中腹ほどの位置に白い筒状の人工物が見える。
なるほど、あれが目的地かと張景はいま居る場所からおおよその距離を割り出すと、
「……とりあえず行きましょう」
どこか胸騒ぎを覚えながら、張景は少し早歩きで分館へと向かった。
・・・・
分館の外観は、保護施設というより閑散とした博物館や植物園という風貌だと、張景はまず思った。
二階建てのシンプルな白い建物に、道中で見えた筒状の塔がくっついており、至る所にツタが絡まっている。
建物の裏手には小さな搬入口と、駐車スペースが最低限。枯草が散乱していてややわかりづらい。
正面玄関の前には様々な草木が生い茂っており、最低限整えられてはいるものの、一歩間違えると『荒れた庭』と言われてもおかしくない。植物はかじった程度の知識しかない張景ではあるが、薬効高く希少で、美しい品種がいくつも見受けられる。
「師匠が見たら、おいおい泣きながら手入れしだすだろうなぁ……」
「ハハハ、言えてる。というか、これ植えたのボクなんだけどネ……もう慣れた」
苦笑いを浮かべながら、雲中子は扉のロックを解除する。
中に入ると、正面入ってすぐの壁に受付らしき小窓が見える。備え付けられた入館名簿に記帳し、運んだ荷物を預けると、雲中子はそのまま右手の通路を進む。
途中、何度か人とすれ違う。しかしその多くは人ではなく、張景よりやや大きめの人形だ。いずれも人をデフォルメした、ビニールに似た素材でできており、頭に黄色い布が巻かれている。
「黄巾力士といってネ、ざっくり言うと仙人版お手伝いロボットみたいなやつだヨ。ここは立地もそうだケド、扱うものの難しさもあって、どうしても生身の職員は少なくてネ」
たまに仙道とすれ違い、挨拶を交わすも獣人に似た姿の職員が多い。
本館とは違う空気に居心地の悪さを覚えつつ、張景は雲中子の後をついて歩く。この方向は外観で特徴のあった、塔の方向だ。
やがて大きな扉の前に立ち、雲中子が横に取り付けられたベルを鳴らすと、少しの間の後にひとりでに扉が開く。
「……お待ちしておりました。非常に」
とても澄んでいて、どこか冷ややかな声。
扉の先には、凛とした佇まいの美しい女性が立っていた。
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