第19話 妖獣保護センター・分館(1)

 張景が謹慎処分を言い渡されて四八日目の朝──。


「師匠!おはようございまーす!」

「……朝から元気ですね」

 広成子の居住地・桃源洞に、張景の清々しさ五割増しな挨拶が響く。張景は朝食を作り終え、テキパキと調理器具の片付けを始めており、そこへ広成子が自室から降りてきたところだった。

「だって師匠、今日から謹慎明けですよ!ようやく職場復帰!それでもってようやくマトモに兄さんとお話しができます!」

「そういえば、謹慎が短縮されたんでしたっけ。そうですか、今日がその日でしたか。すっかり失念していましたよ」

 張景の張り切る様に、広成子は微笑ましそうに笑いかける。

「真面目なところは貴方の良いところですから。特に先日の寒露祭で、よく働いていましたからね。府庁もちゃんと見ていたようで、私は嬉しく思います」

「はは……。でもあのときは冗談抜きで忙しくて、自分が謹慎の身であることすら忘れそうでしたよ……」

 張景はここ十日程の激務を思い返して、遠い目をした。

 秋の豊穣祭に向けた手伝いは、ちょこちょこしていたのだが、本格的な裏方に回ることになり日中はあれを直しこれを建て、当日は隣り合う出店二店をかけもちして腹ぺこの住民の行列を捌き、翌日の後片付けにも参加して──。

 先日のスランプを脱していたので、『気』は充分あったものの、正直、張景は多忙を極めて半分ぐらいしか記憶していない。

 その働きぶりをどこで見ていたのか、誰かが謹慎短縮を進言したというのだ。なんとなく、見当はついているのだが。

(二郎真君に今度お会いしたら、お礼を言わなくっちゃな)

 二週間近く短縮して貰ったのだ。感謝してもしきれない。

 朝食や片付けを済ませ、張景は仕事服に着替えた。普段の道服とは違い、動きやすさを重視したものを、多忙のなか時間を見つけて拵えたのだ。

「師匠、行って参ります」

 そう、意気揚々と扉を開けた──瞬間だ。

「おっ、おはよう景クン久しぶり〜!服、新しくなった?似合ってる〜う」

 玄関を出て数歩先で、雲中子が気の抜けた笑顔を向けて立っていたのだ。

 張景は、なにかとてつもない既視感を覚えた。

(な、なぜか二ヶ月近く前にも似たようなことがあった気がする。あれ、めちゃくちゃ嫌な予感が)

 表情を引き攣らせる張景の心情を知ってか知らずか、雲中子は背負っている荷物の居心地を調整すると、ビシッと親指を突き上げ、

「今日は本館には行きません!さあ、ボクと分館へレッツ・トゥギャザー!」

「なんでぇぇぇ!!?」

 張景の悲痛な声の背後で、広成子がやれやれと眉間に手を当ててため息をつく。


 かくして、本日の業務は職場と真逆の方向へ行くことになった。徒歩で。

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