第17話 序章 腐臭の男
施設を抜け出して、病室に忍び込んだ夜。幼い張景──洞操は、薄明かりが林へ消えていくのを窓越しに見つけた。
もしかしたら兄かもしれない。僅かな希望を胸に、急いで病棟を後にして林へ向かった。林といえど子供にとっては広大な森に等しく、不安に押しつぶされそうになりながら進んでいき──。
その怪物を、見つけてしまった。
まず、匂いが酷い。焦げ臭くて、それ以上に血の匂いと獣のような生臭さが周囲に漂っている。
四肢は焼き爛れたように黒く、細長い。その体のあちこちには包帯のようなものが巻かれているが、血が滲んで変色している。胸が露出しており、そこから先程見えた青白い光が僅かに漏れている。
顔はよく見えない。なにせ隈取のような模様のついた、仮面をつけていたからだ。ボロボロの道衣を見に纏っていることから、かろうじて人間だと判別できた。
そのような生き物が、何やら小さく呻きながら、手当たり次第に虫や小鳥を喰っているのだ。ほぼ丸呑みに近い形で喰らっているせいか、足元には鳥の足だけが数本落ちている。
「ひっ……!」
洞操は思わず尻もちをついて──目が合ってしまった。
その怪物はこちらを補足すると、まるでトカゲのように四肢を動かし、あっという間に洞操を捕獲し、口を塞ぐ。
洞操は恐怖のあまり叫ぼうにも声は出なく、ただ震えて泣くしかない。怪物はじぃっと洞操を見て、
「……子供か。美味そう、だが」
すぅっと目を細め、少し考える素振りをした。ねっとりと、淀んだ沼のように、低く、おぞましい男の声だった。
「子供は、まずい。騒がれては面倒だ。命拾いしたな」
仮面の下に隠れた口元にやりと笑う。その醜悪さは、洞操がこれまでに見た、どの獣よりも恐ろしく、心臓が凍りつきそうで。
「この目を、見なさい」
怪物が仮面を外す。暗くてよく見えなかったが、怪物の肌は夜より黒く、その蛇のような目が余計際立ち恐怖を煽る。
洞操には、抗う術は無かった。
「お前は、何も、見なかった。忘れなさい。忘れたことも、忘れて、アア、何をしにここに来たのかも、全部だ……」
蛇の目が、妖しく光る。
洞操は網膜に光が焼き付くような感覚を覚え、そこから先は──。
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