繋章
月が眩しい夜だった。
重々しくそびえる百尺岩のてっぺんに、ふたつの影がある。片方は男性、もう片方も男性のようではあるが、片方よりも背が低く、癖のある白髪を長く伸ばしている。遠目では性別はやや判断しづらい。
二人は百尺岩に腰掛けながら、会話を交わしていた。
途中しばし沈黙が流れ、
「……"吾し"は、構わぬがのぅ」
白髪の男が口を開く。老人のようにも聞こえるし、若者の声のようにも聞こえる、不思議な声色である。
「いいのか?お主の師匠は」
「お師匠様は不偏在ですから。ここに居ると言えば居ますし、関与はせずとも全てを感知していらっしゃいます。故に、今ここでお叱りが降りかからない限りは問題ないでしょう。それに、今は貴方様のお力添えが必要なのです。有体の貴方様が」
よく通る青年の声だった。青年は白髪の男へと向き直ると、膝をついて拱手をした。
「どうか、この愚か者にお力を貸して頂けないでしょうか」
「愚か……愚か、のぅ」
白髪の男は視線を変えずに、髭を撫でるような仕草──髭は生えていないのだが──をしながら、しばらく考える。
「敢えて聞こう。もう『半分』のお前さんはともかく、お前さんは客人だろう。なぜ、我々に関与する」
「……後悔です。私は私の失態で、世界を滅ぼした。もう、同じ過ちは繰り返したくない」
「覆水がすべて盆から落ちてもか?」
「たとえ全て溢れても、他の盆が無事なら守りたいと思うのはおかしいでしょうか?」
「ふむ……」
もう一度、白髪の男は髭を撫でるような仕草をして、青年の方へ顔を向けた。そして、柔らかい口調で、
「この老ぼれでよければ、名でもなんでも好きに使いなさい」
「……恩に着ます」
「だが、それにはまず……ううむ、手を回そうかの。やれやれ、若造の小言がまた増えるわい」
「ははは、よ……顕聖殿はこちらでも物怖じしませんか」
青年は拱手を解き、歩き出す。百尺岩の中央へと。
「ところで、ガイテンミョウジ周りで何やら動いていたようだが?」
「気になっていたことが数点ありましてね。しばらく放っておきます。それよりも、」
青年はしばらく進むと、ある地点でぴたりと止まる。
それは、岩の中心にぽっかりと空いた大穴だった。縦横に百尺近くあろう岩の中央から、面積のほぼ半分がこの大穴で占められており、底は見えないほど深い。少なくとも、先程まで大雨が降っていたというのに、雨水は見えない。
それどころか、穴はおびただしい量の呪符を編んだ縄が張り巡らされている。
それは、落下を防ぐものという様子ではなく、まるで、
「この中にいた化け物、どこに行ったかご存知ですか?」
"なにか"が出てくることを怖れるように。
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