第2.5話 保護妖獣あれそれ
妖獣保護センター。
桃源郷の非仙郷側──つまり人里側エリアのそこそこ東端にあるその施設には、妖獣・神獣に属するものが数多く収容されてる。
桃源郷は広大なれど、与えられた敷地には限りがある。よって、大半の妖獣は建物内の収容部屋に収容されている訳なのだが。
「それにしても不思議ですね……。この収容部屋」
とある収容室の前で、張景は難しそうに小さく唸った。それに気付き、スイと天明は足を止める。給餌用の食料を運搬中のことであった。
「二日目の研修で説明を受けたかもだけど」
前置きをしつつ、スイは目をキラリと輝かせながら言った。
「ウチの収容部屋のここがすごい、その一!全部屋完備の二重扉と特殊な巨大窓!横幅約三メートルちょいの巨大ガラス…厳密にはガラスじゃないけど、から、妖獣の様子が丸わかり!」
「いえ、あの、スイさん」
「その二!空間転移と拡張!なんかようわからん仙術で、仙郷の支部から空間をカット&ペーストかつ、空間拡張とフィルターをかけて、狭い部屋を十数倍まで拡大!運動不足や太陽光摂取も可能にして本来の環境での飼育が可能!緊急時には支部にそのまま転移可能!」
「そうじゃなくてですね?」
「ちなみにオレらの部屋は普通に倉庫片付けて使ってるだけ!扉も直ってない!廊下の修繕が先だって言われた。普通に不便で困ってる」
「人の話聞いてます?」
そこまで言われて、ようやくスイはしゅんとした様子で落ち着いた。どうやら、人に物を教えるのが好きなようである。
「どこが不思議なんだ?景くん」
「ええと、収容部屋そのものじゃなくてですね」
張景はゆっくりと、しかしはっきりと収容スペースの中に鎮座する生き物を指差した。
その生き物は、部屋の中で横たわっていた。
ずんぐりむっくりとした体格で、四本足。巨大な犬にも見えるし、熊にも見える。というか、熊だ。おまけに白と黒のツートーンという、特徴的な被毛まで生えている。
それはまさに、
「なんで、パンダが居るんです?」
その瞬間。確かに、時が止まった。
三人がいる空間だけ。
ややあって、スイは天を仰ぎ、すぅと細く長く息を吸う、
そして真っ直ぐ張景を見て、
「景くん。これはパンダではない」
「え。でもこれはどう見ても……」
「これは騶虞(スウグ)っていう瑞獣……縁起のいい生き物だ」
「でもスイさん……」
張景は、指をつつ……と斜め下方向へと向けた。そこには銀色のプレートが貼られており、妖獣の名前と出生年月が刻まれている。
「名前、パン太郎って」
「…………」
「パンダじゃないですか!しかも太郎って、なんで日本風なんですか!?パンダなのに!」
「それは……ワダさんが……」
「誰!?」
スイは張景の言葉を遮るように、大袈裟に咳払いをした。そして先程よりやや真剣みを帯びた表情で、
「……まずはこの仕事を終えてからだ。そのあと、全てを話す」
と、台車を押して歩き始めた。天明も後に続く。
張景は釈然としないまま、ひとまず言葉に従うことにした。
・・・・
仕事を終え、先程とは違う通路を歩く。まだ通ったことのない区画に、張景は少し緊張を覚えた。
「……さて、さっきの騶虞についてなんだけど」
スイが口を開く。そして、少し躊躇うように間を開けて、
「実はあいつ……パンダなんだ」
「知ってましたけど!?」
「パン太郎ってのは、名付けのときに当時のスタッフが喧喧囂囂してた間に、パートの和田さんが勝手に呼んでたのが定着しちゃって」
「いや、そこはどうでもいいですから。なんでパンダがここにいるかってことです」
「そこはこれから話すよ。で、だ。景くん。これ、なにに見える?」
スイはある収容部屋の前で立ち止まる。張景は収容部屋の中にいる生き物を観察し、眉間に皺を寄せた。
「……犬。いや、狐……?でもその割には目の位置が。でも形はどちらかというと猫……?」
部屋内を動き回る動物達を見ながら、張景が判断に困っていると、スイは脇のプレートを指差した。
「正解はチベットスナギツネ。下界に生息している狐。妖獣じゃあない。ちなみに名前は、キャラメル、ヌガー、トウファ、アツアゲ」
「食べ物縛り多いですね、ここの妖獣……。いや、妖獣じゃないんですよね。なんで居るんですか?」
話せば長くなるけど、とスイは前置きして、すぅと息をはいた。
「ざっくり言うと、勘違いだな」
「勘違い!?」
「実は割とよくあるんだよ……」
スイはプレートの前で屈むと、ちょいちょいと手招きをした。
「騶虞って瑞獣はな、白黒の毛で、虎ぐらいの大きさ、仁獣って言われるぐらい温厚。基本は草食で肉は死肉しか食べないそうだ。で、何百年か前に騶虞を保護して研究、繁殖させた。その結果がコレ」
「コレって……。パンダと騶虞を間違えたってことですか?」
「違うんだよ。研究の結果、騶虞はパンダだった。それだけ。……普通の動物だったんだよ」
絶句。
少し間を開けて、張景がはっとした表情でチベットスナギツネを見た。
「まさか……このチベスナ達も!?」
「ああ……。顔が九尾の狐、あれも厳密には狐じゃないんだけど。それに似てたから、亜種の可能性があって保護した個体の末裔だ。いまさら下界に帰しても、下界の空気が合わないからな……。野に放して生態系が崩れても困るし、ここで飼ってる」
「妖獣保護センター……とは……」
がくりと張景が膝をつく。スイは黙ってうんうんと頷くばかりであった。
「ごめん……。順を追って話さないと、ショック受けて休む新人がたまに居るんだよ……」
その後、張景は仕事を終えたあとに施設の妖獣たちを出来る限り見て回った。
よく見たら、『諸懐。牛と豚を掛け合わせたような凶暴な妖獣。だと思ったら普通の牛だった。個体名・タンタン』などと、気の抜けたプレートを掲げる動物がいくつもいた。九尾もいたが、確かに限りなくチベスナ顔であった。
更に聞くところによると、「山臊(サンソウ)って猿っぽい妖怪を千年前に保護したら、ただの山で蟹食ってる小汚いおっさんだった」という話もあった。
同じような理由で飼育を続けている動物は、全体の約一割弱だという。
張景はその話を大事に胸に抱えて帰路についた。家で諸々の家事仕事をこなし、身を清め、ごろりと布団に転がり、今日の出来事を思い返しながら一言呟くのであった。
「……天明さん、今日まったく喋らなかったな……」
張景は、考えるのをやめた。
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