第8話 知りたいこと、知られたくないこと(2)
「学童園のふれあい教室、ですか。なんで僕が?」
二棟裏の搬入口付近に呼び出された張景は、雲中子から説明を受けつつ首を傾げた。雲中子のすぐ横には荷台に屋根が付いた軽トラが準備されている。
「これも研修のひとつでね〜。新人クンは初年の間はこうやっていろんな仕事の手伝いに行って、どんな仕事に向いてるか適正を見てるんだヨ。と言っても、今回はほぼ子供と遊ぶだけみたいなものだけどネ」
ニコニコと朗らかな表情を浮かべる雲中子に視線を一度向け、張景は手元のプリントに再度視線を落とした。そこには以下のようなことが記載されていた。
『妖獣貸出は、地域貢献の一環です。そのひとつとして、学校や学童園で子供たちが妖獣(安全な子に限る)と触れ合い、学びの機会をつくる取り組みもしています。また、妖獣を通して地域交流をはかることも兼ねています。これにより、来年度の仙界庁予算会議で予算増額も狙えるのでまじめに取り組もうネ!』
「本音がダダ漏れじゃないですか」
素直な感想を溢すと、雲中子はケラケラと笑った。自分で書いたであろうものなのに、よくわからないところでツボに入る人だなと張景はつくづく思った。
「概要はわかりましたが、どの妖獣を連れて行くんですか?ここにはいないみたいですが……」
「それなら、もうすぐ連れて来るはず……おっ、来た来た!おーい、こっちこっち!」
雲中子が手を振る方向へ振り返ると、そこには見慣れた顔の二人組がいた。スイと天明である。スイの頭にはピンク色をした子犬ぐらいの丸い生き物──帝江が乗っていた。しかしそれよりも気になったのは、スイと天明が抱えている二匹の生き物だ。
二匹とも猫ぐらいの大きさで、全身がもじゃっとした白と薄茶が混じった毛に覆われている。鼻は低く、よく見ると大きな目をしているが、体毛のせいでつぶらにも見える。口からはチラッとピンク色の舌がはみ出ており、引っ込む様子はない。足は短く、平行に抱いているためか前脚以外は全く見えない。腕からチラリと見える尻尾は上機嫌にパタパタ揺れていた。
その妖獣に、張景は覚えがあった。
「……犬じゃないですか?」
まごうことなき、犬。犬種はおそらくシーズー。漢字で書くと獅子狗(シーズークウ)。愛玩犬として、桃源郷でもたまに見る犬種だ。
スイ達は張景らの元まで来ると立ち止まり、一呼吸置いて口を開いた。
「こっちがチャムチャム、もう一匹がグーグーだ」
「いや名前じゃなくてですね。犬ですよね、これ。どう見ても」
「いやいや景クン、この子らは立派な妖獣だよ〜。從從(ジュウジュウ)って言ってね、見た目は犬だけど、ジュージューって鳴くからそう呼ばれてるんだ。まあものは試しだし、耳を近付けてみてよ。よく鳴くんだこの子」
「そうなんですか……?」
そう言いつつ、張景は少し屈んでスイの抱えている從從の鳴き声に集中した。その間に帝江がスイの頭から張景の肩に飛び移った。
数秒ほど耳を傾けていると、從從は張景の匂いをフンフンとしばらく嗅ぎ、やがて小さく「ブゥー」と鳴いた。
「……ただの鼻息じゃないですか!?」
張景が振り返ると、雲中子は膝を押さえるようにして屈みながら声を押し殺して笑っていた。
いっそ一度このまま酸欠直前にならないかなと張景が呆れていると、スイが苦笑しながら声をかけた。
「雲中子、あんま景くんをからかうなよ。景くん、ほら、ここ見てみ」
そう言ってスイは自ら抱いていた從從を、平行抱きから腹を見せるような形に抱き直した。
「あ、足が六本ある……」
張景は思わず呟いた。その言葉通り、本来犬にはない本数で足が生えている。とは言っても、どれも前脚と同様に短足のうえ太いため、不気味だとか不思議だとかと感じるより先にシュールだなと張景は思った。
「六本足の犬、從從。大昔はもっと雑種っぽかったらしいけど、どこかでなぜか宮廷犬であるはずのシーズーが混ざってこうなった……らしい。もうほとんどジュージュー鳴かずに、普通の犬みたいに鳴く。うちで保護してる個体は全部これ。性格もシーズーまんまで、面倒見がよくて子供と遊ぶの大好き」
「へえー。……詳しいですけど、もしかして犬好きだったりします?」
「いや……、オレはそんなに」
「……?」
と、スイはそっぽを向いた。その表情はよく見えなかったが、眉間に皺が寄っているようだった。
あまり顔を見られたくなさそうだったので、張景は天明に視線を向けたところ、何と受け止めたのか天明は無言で抱いていた從從(確かグーグーと呼ばれた方だったか)を渡してきた。犬を抱くのは慣れていない張景だったが、思った以上に体が柔らかくて腕に馴染んだことに驚いた。
すると復活した雲中子がパンパンと手を叩いた。天明を除いた二人が音の方へと振り返る。
「と、いうワケで!本日はこの面子で行きます。もちろん天明はお留守番、景クンは帰ったらレポート提出があるけど、あまり身構えずに楽しく安全にお仕事していきましょう!」
その後数分ほど説明を受け、準備を済ませて軽トラに乗り込んだ。以前のように葉を巨大化させての移動は、重量などの関係で今回はできないらしい。
雲中子は運転席で鼻歌混じりに車を走らせ、張景は助手席で景色を眺めていた。以前に乗ったリクシャーと違い、時折車体の後輪部が跳ねるため振動に驚く。
前の席は二人しか乗れないため、スイは妖獣らと共に荷台に乗っている。振動で尻が痛いだの、犬がフンフンうるさいだのと文句は言っていたが、子供と触れ合えるのは楽しみなようで機嫌は良さそうだ。
途中、後ろの窓からスイが顔を覗かせながら話しかけてきた。
「そういえばさ、前にカイチ事件でオレらを現場に連れて行った子らを覚えてるか?あの子らも学童園に通ってるんだ」
「え?確か三人組の子でしたっけ?」
「ああ。まあ、その、最終的な判断は景くんの任せるけど……」
そこでスイは言葉を濁した。張景はその意図に気付き、やれやれと言った風に小さく息をついた。
「心配しなくても、僕は気にしていませんよ。危ない目には遭いましたけど、僕の落ち度でもありましたから」
「……ありがとう。あいつらに会ったら、そう言ってあげてやってくれ。きっと気にしてるだろうから」
「はい、わかりました」
その言葉に安堵したのか、スイは窓から顔を引っ込めた。張景は少しばかり子供たちを羨ましいとも思ったが、同時に張景の気持ちを優先してくれた事に気付き、嬉しくもなった。
車が百尺岩まで差し掛かったところで、張景はちらりと窓越しに百尺岩を見上げた。名前の通り相変わらず巨大すぎてここからでは全容は見えない。
「……ん?」
と、張景は百尺岩の頂上付近に、何者かの姿を一瞬見た。その佇まいはどこかで見たような気がして、目を凝らそうとしたところで車体がまた大きく跳ねた。一瞬目を瞑ってしまい、張景が目を開けたときにはもうその姿は見えなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます