第8話 知りたいこと、知られたくないこと(3)

 里の外壁が見えたところでぐるりと迂回する。青龍門は造りの都合上、四輪車は通れないためだ。

 南側には朱雀門という一番大きな入口があるが、そこに通じる大通りは車は通れない決まりのため、やや離れた場所にある乗用車用の門を通る。門番に通行証明書を見せ、車で通行可能な道をぐねぐねと進む。

 雲中子曰く、『歩行者の安全と古い石畳道の保全のため、車が通行できるエリアを制限した結果、変に遠回りしなければならなくなった』とのことだった。張景は内心、今後里の中で車を運転するような機会が訪れないよう祈った。そもそも運転できないが。

 ようやく着いた学童園は、よく見かける四合院造りの民家に見えたが、車を脇に止めて從從を入れた檻を抱えて中に入ろうとしたときに張景は違和感を覚えた。

「……ん?普通は入ってすぐ壁がありますよね?」

 普通の四合院は入り口に階段があるものだが、僅かな段差すらない。それどころか、入ってすぐある影壁(魔除けと目隠しのための壁)や中門も壁ごと綺麗に無くなっており、入ってすぐに中庭と母家が視界に入った。中庭は整備されているもののこざっぱりしており、子供ほどの岩が何個か置かれている程度だ。

「元々古い建物だったから、補修工事のときに取っ払ったんだ。ここは平日午後は学童園で、夜と休日は大人向けの学習塾もやってるから、住居としては使わないんだよ。庭も広く使えるしな。魔除けはほら、仙人サマ直々の護符を屋根の裏に貼ってる」

 と、横からスイが声をかけて頭上を指した。見上げると確かに、大門(入口の門)の屋根に悪鬼退散の札が何枚か貼られていた。入口がフラットになっているのも、高齢者などの出入りに配慮したためだという。

 中庭に入ると、張景達に気付いて職員の一人が母家から出てきた。シュッとした顔つきの女性で、一つにまとめた黒髪が美しいその人に張景は見覚えがあった。

「皆さん、お久しぶりです!」

「あれ?もしかしてこの前、山で一緒だった……」

「はい、娜(ナー)です。先日はお世話になりました。ふふ、チャムチャムもこんにちは」

 檻の中のチャムチャムも、呼ばれて「グゥ!」と鳴いた。

 彼女は以前、スイ達と山へ行ったときに行動を共にした猟師の一人である。あのあとずぶ濡れのまま合流して山を下りてからは、天明の処遇の件もあり会う機会はなかったのだ。

「あのときはご迷惑をおかけしました……。娜さんはこちらの職員さんだったんですね」

「ええ、こっちが本職なんですよ。昼は子供の指導員で、夜は塾の先生。父と祖父が猟師だったので、猟の心得も一通りは」

「はぁー……、ハイスペックだ……」

 張景が感心していると、雲中子が遅れて到着した。それに気付いた娜が雲中子に挨拶をし、雲中子も気さくな態度で挨拶し返す。その距離感は人間と仙人というより、昔馴染みのご近所さんのように見えた。

「さあさあ、もうすぐ学校が終わる時間です!子供たちが来るまでに準備を済ませましょう!」

 娜がパンパンと手を叩いたことを合図に、一同は作業を開始した。雲中子と張景は職員と打ち合わせの後に帝江と從從(ジュウジュウ)たちの体調確認をし、スイは職員と庭の片付けや室内の掃除を手伝う。

 慣れない環境で、慣れない仕事だ。しかも子供の面倒などするのは、張景が覚えている限りでは経験がない。緊張した面持ちの張景に気付き、雲中子が声をかけてきた。

「ほらぁ〜景クン?あんまり怖い顔してると、子供達もビビっちゃうぞ?スマイルスマイル〜!」

「そ、そんな顔してましたか?気づかなかった……」

 張景は慌てて自分の両頬を軽く何度かポンポンと叩き、眉間の皺を伸ばすようにぐいぐい押した。

「景クン、もしかして子供と触れ合うのって初めて?やたらめったらガチガチだけど」

 見事言い当てられてドキリとする。

「うー……。その、はい……。広成子様は僕より後に弟子を取っていないものですし、周りにも僕より年下の人がほとんどいなくて……」

 と、言いかけて『彼』のことを思い出した。

 自分の実弟、洞哮の事だ。今は張越と名乗っている。

 しかし別々の師に預けられてからは、すっかり疎遠になってしまった。しかも張越は修行で留守にしがちで、手紙を出してみても数年は返事が来ないこともざらにある。

(……ん、あれ?そういえば最近会ったような、会ってない……ような?最後に会ったのはいつだっけ)

「……景ク〜ン。また顔が険しくなってるヨ」

「す、すみません!頑張ります!」

「気負いすぎだって〜。ベテランの職員さんもついてるんだから、まずは子供達と仲良くなるところから始めようネ!その手のプロもいるし」

 雲中子は、少し離れたところで庭のゴミ拾いをしていたスイを指差した。それに気付いたスイが怪訝な表情を浮かべるが、張景と目が合うとにこりと笑って手を振ってくれた。張景も小さく手を振り返した。

「ところで雲中子様。今更ですが、なんでスイさんも一緒に来たんですか?」

「色々ねー。シフトの都合もあるけど、スイは以前から手伝いに来てたから慣れているし、本人も子供といたら……」

 そこで雲中子は言葉を詰まらせた。張景が不思議そうにみていると、雲中子はやがてくしゃっと困ったように笑った。

「スイも書面上は妖獣扱いだから、貸出数が多いと貢献ポイントが上がるんだよネ!スイに無賃労働させてコスト削減、予算上昇、アルネ!」

「うっわー、せこーい」

 張景の冷ややかな視線を受けながら、雲中子はケラケラ笑うのだった。

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