第4話 神を名乗る男(6)
「まあ待て、そちらに降りる」
男はそこから跳躍すると、まるで重力など感じさせないようにふわりと、張景達の前まで降りてみせた。
背丈は張景よりやや下ほどだろうか。外見は二十代前半だろうが、艶やかや黒髪と大きな猫目が幼く感じさせる。遠目で派手だと思っていた道服は羽織っていただけのようで、中は老人のように緩く着崩した着物と、なんともちぐはぐしている格好だった。
張景はふと、着回ししすぎた道着に新品の白衣を着ていた雲中子の姿を連想した。
「あ、あなたがこの術をかけたんですか」
「さあ、どうだろう?」
男は特に構える事なく、こちらの動向を伺うようにニヨニヨと笑うだけだ。
「あなたは、誰ですか。なにが目的ですか」
「見知らぬ道士においそれと名乗るほど馬鹿ではないが、ふむ、誰ときたか。誰とはいかないが何とは答えられるぞ」
男はさも誇らしげに腕を組むと、堂々とした態度で名乗りを上げた。
「俺は、神だ」
「…………はぁ?」
あまりにも素っ頓狂な回答に、張景は思わず間の抜けた声を出してしまった。
神、とは地域や思想によって定義は様々だが、桃源郷では概ね二通りに分かれる。
『先天性』か『後天性』である。
先天性は生まれたときから、あるいは人々が認知した当初から人には到底及べない特別な力を有する存在だ。主に創生の神である伏犠(ふつぎ)や神農などが該当するが、一応は天明もこのカテゴリに入っている。あくまで仮であるが。
対して後天性は、民に人気のあった王や武将が死後、民に信仰された事より魂魄に神格が宿ったものである。特に有名なのは関帝(関羽)だろうか。
だが目の前の男は、どう見ても神らしい威厳も風格もない。それに、先程から向けられている笑顔は、どこか胡散臭い。
張景がいかがわしげな目を向けると、男はぷっと吹き出した。
「はっはっは。そう睨みさんな!すまんの、ちょっとからかってしもうたな。実は少し困ったことがあってな、助けが来ないかまじないを張っておったんだよ」
「は、はあ」
「あの!ちょっといいか?」
途端にからからと笑い出した男に張景が呆気に取られていると、突然背後からスイが大声を上げた。
「さっきから景くんが話してる奴、声はするけど姿が見えないんだが。オレだけか?」
「え……?」
改めて張景が男を観察すると、うっすらと背後の風景が透けて見えた。透ける身体に人とは思えぬ身の"軽さ"、その正体に張景にはひとつ心当たりがあった。
「もしかして、尸解仙(しかいせん)…?」
「お、ご明察!」
尸解仙とは、体を持たない魂魄だけとなった仙人の事である。
尸解仙になる方法は様々であるが、概ね共通するのは生前に肉体を捨てていることだ。よって、彼等は肉体を持たず、幽霊のように限られた者にしか見えない。
本人がその気になれば霊感のない人間でも視認はできるが、どうやらスイには見えないようで、目線は張景とすこしズレたところをウロウロしていた。
「あの小僧は人間か。仕方ない、少々疲れるが姿を見れるようにしてやろう」
男がそう言いながら体に力を入れると、徐々に透けていた体が濃くなり、輪郭がはっきりした。
「さて、と。ここにお前達を呼んだのはーーー」
「っ!見えた!!」
その瞬間、シュッと男の頬を何かが勢いよく掠めた。男には実体はないため通り抜けただけだったが、瞬時に冷や汗が流れたような感覚が男を襲った。
後方の岩に、ガチンと何かが当たる音が聞こえ、落ちていった。
男が掠めた物の発生源の方を見ると、スイがこちらに弓を構えていた。前方にいた張景が、驚きのあまり顔を青ざめている。
「ちっ、外したか」
「ちょっとちょっとちょっと、なに今の。もしかして俺に向かって射った!?」
「え……!?あの、え、スイさん!?なにやってるんですか!?」
驚く二人に対して、スイは冷静に悔しそうな表情を浮かべていた。なお更に背後にいた天明は眉尻ひとつ動かさずに静観しているようだ。
「これはあくまでオレの経験なんだけど」
「は、はい」
「こういう胡散臭いヤツの話を聞くと、かなり面倒な事に巻き込まれるので、手早く『処理』した方がいい」
「……なにこの子、怖い。保護者の顔が見てみたい」
「すみません……。一応僕が保護者みたいなものです……。今日からですけど……」
申し訳なさそうに首を垂れる張景だが、スイの方へ向かうとひそひそと耳打ちし、
「対人戦なら多分なんとかなるんで、いざとなったら僕が殴りますから、スイさんは大人しくしておいてください。師匠より弱そうですし」
「お、思ったより武闘派なんだな……?」
「そこの二人、なに話してるかは察しがつくが、ちょっと怖いからやめてくれんか?」
男は大きくため息をつく。
「ま、今回は許してやる。俺はこんなナリだし、他の神と違って寛容だからな。そこの人間の言い分もわからんでもない。次やったら呪うけど」
男がちらりとスイに目をやると、スイはそれはもう渋々と弓をしまった。
「……ええと、神様?なんで僕達はここに呼ばれたんですか?」
「おっと。そうだったそうだった。えー、ゴホン!」
男はわざとらしく咳払いをすると、最初に対峙したときのようにニンマリと笑って続けた。
「お前達に来てもらった理由は、ほかでもない。俺の体を作ってもらいたくてな。有り難く思え」
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