第4話 神を名乗る男(2)
桃源郷の気候は穏やかだ。
夏も冬も短く、水や空気は澄んでおり、公害もない。里の暮らしは何世紀前かの地上のように素朴で、自然と共に歩んでいる。
しかしそれは、害獣や妖獣被害と隣り合わせということでもある。。
「猟、ですか」
「そう、午後から。たまに里の人に頼まれて手伝いに行くんだよ。適度に猟をしないとこの気候だから、どんどん山の獣が増えるしな」
妖獣保護センターの器具準備室。張景はスイと共に、流し場で餌の容器やバケツなどを洗っていた。先日の事件から一週間が過ぎていた。
「でもお馬……スイさん、倒れたばっかりじゃないですか。本調子じゃないでしょう?」
「いま『お馬鹿さん』って言いかけたよな。もう大丈夫だから。オレ、こういうの治るの早い体質だから平気。というかもう完治してる」
ニッとスイが笑ってみせる。実際、スイの回復力は張景の想像以上に凄まじく、予定を大幅に上回り昨日で包帯が取れていた。
「はあ……。無茶はしないでくださいよ?」
「大丈夫、だいじょー……」
じとり、と張景はスイを疑いの目で見つめた。スイは言葉を詰まらせると、バツが悪そうに視線を水場へと落とした。
「スイさんの『大丈夫』は信用なりません。前回でそれはよく身に染みました」
「う。それは、申し訳なく思ってマス……。申し訳ございませんでした……」
スイは更にしゅんとした様子で、洗った容器を部屋の隅にいた天明に渡しに向かった。天明は無言で受け取ると、手持ちの布巾で拭き始める。
そんな様子を見ていると、張景はなんだかスイが年相応の十代半ばの少年のように見えてきて、微笑ましさに笑みが溢れた。
(これでも、僕の兄さんなんだよな……)
本人は知る由もないが、この事は張景と天明しか知らない。天明が気付いた理由は未だ不明だが、あれから律儀に秘密を守ってくれているようで、関係に変化はなかった。
「おおー。あのスイが、言い負かされてる……」
「雲中子様。お疲れ様です」
開け放ちの扉から、雲中子は顔を出すなり感嘆の声を上げた。
「すごいね景クン。この子プライドだけは一丁前にでかいのにもう手懐けているだなんて」
「人聞きが悪いんですけど、雲中子様」
「本人の前で言う事じゃないんだけど、雲中子」
「まあまあ。これならスイの担当も任せられるってものだよ。はいこれ資料」
「……は?」
二人してぽかんと口を開ける。雲中子はそれを全く気にせず、手持ちの資料を張景に渡そうとした。張景は慌てて手を拭くと、それを受け取った。
「先日の一件でね、スイにも担当つけようかなって思ってね〜。よく考えたら、むしろ今まで担当がいなかったのがおかしかったし。スイはほら、施設の仕事もある程度できるから景クンは仕事教えてもらえるし。いやあ、どうやら予想以上に適任っぽいね。ラッキー」
「雲中子。色々言いたいことがあるんだが」
「ごめーん。今から仙界府に用事があるから後で聞くね〜。あ、今日は狩りに行く日だよね。お土産よろしくね。肉食べたい肉」
スイの言葉を遮るようにやや早口で続けながら、雲中子はさっさとその場を後にした。後に残った二人(正確には三人だが)は、状況が整理できないようで立ちすくむだけだった。
「……ええと、景くんも、行く?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます