第4話 神を名乗る男(1)

「ふーむ」

 仙境にある広成子の洞府。その一室で張景は、腕を組みながら机の上にあるものと睨めっこをしていた。

「どうしてこうなったのか」

 妖獣保護センターに勤めるようになってから、しばらく行っていなかった護符づくり。ふと思い立って再開したはいいものの、その結果に張景は首を傾げるばかりだった。

 目の前には、細長い筒状の粘土のような何かが、蛇花火のようにウネウネと積み上がっている。下敷きになっている護符からは、グニグニともブニブニとも言えるような奇妙な音を立てながら、粘土のような何かをじわじわと生産し続けている。

 張景が首を傾げていると、背後の扉からノック音が鳴り、広成子が入ってきた。

「張景よ、なにか変な音が聞こえうわ気持ち悪ッ」

「広成子様、これなんなんですかねぇ。爆発はしなくなったんですけど、本当なんだろうコレ」

 師匠の反応も意に介さないように、張景は淡々とした口調で観察を続けている。

「ふむ……。時に張景よ。ここ最近何かありましたか?」

「なにか、とは?」

 張景は広成子を見つめた。

 張景は、広成子の事を深くは知らない。

 一見すると長髪の線の細い男性で、張景と一回りも年齢は離れていないように見える。

 しかしその実は、古代から生き続けている高名な仙人であり、その実力は計り知れない。なにより本人は語らないが、千里眼持ちとも噂されるほど、人の心をよく見抜くのだ。どこまで見通しているかは、弟子である張景でさえ未知である。

(広成子様には、兄さんの事は言っていない。なんだか言わない方がいい気がする、から。でも……言うべき、なのか?)

 張景が返答に困っていると、広成子は小さく息をついた。

「貴方の悩みの質……、あるいはそのものが変わったとも取れますね。進展したのか後退したのかはともかく、まあ、爆発しないだけマシでしょうか」

「悩みの、質……」

 張景には心当たりがあった。明確には何かとは言えないが、スイが倒れた夜に起こった出来事の中に、ひっかかることがあった。しかし、何だったのかは考えても思い出せず、ここ最近悶々としていたのだ。

(……だめだ、頭にモヤがかかったみたいで、思い出せない)

 額に手の甲を軽く当ててみる。考え事をするときの張景の癖だが、考えれば考えるほど、思考を掻き乱されそうな感覚に陥った。しかし、その広成子の言葉によって浮き上がった疑問がひとつだけあった。

(僕は、なにがしたいんだ?)

 兄に自分の事を打ち明けるべきなのか。打ち明けてどうしたいのか。それによって自分の不調は解決するのか。そもそも、それは自分の自己満足ではないか。張景には、どうしていいのかわからなかった。

「……ところで張景よ」

 広成子の声で、張景ははっと我にかえった。広成子はコホンと小さく咳払いすると、机の上に目をやった。そこには、粘土のような何かが未だじわじわと生成されていた。

「アレは、いつになったら止まるのですか?」

「あ。ああー……いつになるんでしょう……」

 それから程なくして生成は止まることになるが、大量の粘土の処分方法に、二人はしばらく頭を悩ませることになった。

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