小話1 昔、山中にて

 背後の木から雪の塊が落ちる音に、反射的に振り返った。

 冬の山中、八合目ほどの開けた場所、当然人間どころか兎一匹いない。いるのは少年と、

「……ガイテンミョウジ、少し休むか?」

「……」

 ガイテンミョウジ、と呼ばれた銀髪の青年だけである。

 黒髪で背も並よりやや低い少年の一般的な身なりとは対照的に、長身で整った顔つき、そして長い銀髪と橙とも朱色とも言える瞳は、雪原の中でも異彩を放っていた。そこに佇むだけで絵になる──と言えば聞こえは良いが、『この世のものとは思えない』と表現した方が適切ではないか、と少年は考える。

(……深く考えるのはよそう。山を越えるまでは考える体力、温存したいし)

 少年は白い息を深く吐いて、

「もう少ししたら休もうか。あそこの、向こうに見える木のところまで進むから。何かあったら教えてくれ」

「……」

 何も答えない。

 いつもの事かと、少年はすっかり慣れきった様子で視線を戻した。

 ほんの数週間前にとある山で眠っている所を発見してから、少年とガイテンミョウジは行動を共にしている。というより、彼が少年の後をついてきているというのに近い。そこに目的があるようには見えず、まるで親鳥に本能的に付いていく雛鳥のようだと、少年は感じていた。

(これは本当に、こいつは妖怪とか神獣の類かもしれないな。なんでオレなんかに付いて来るんだろうか)

 少年は、彼の無口さに不気味さを感じてはいたが、存在そのものには不思議と恐怖はなかった。

(爺先生は、怪力乱神の類はロクなもんじゃないから、とっとと逃げろって言ってたけど、なんにもしてこないんだよなあ。妖怪ならオレなんてとうに喰われてるだろうし。というより、アイツがなんか食ってるところ見た事ないし)

 ちら、と再度振り向く。ガイテンミョウジは、相変わらず無表情で後をついて来ている。

 改めて見ると、名前に似付かぬ容姿をしていると、少年は思った。

 少年の知る限りでは、国内に近い顔立ちの民族はいない。過去に一度だけ見た英国人の方が近いが、あくまで『どちらかと言えば』程度であり、出自が見えない。名前も音だけで、文字は無いと言う。

(なにからなにまで、わからん奴だなぁ)

 少年は、ため息と共に再び正面を向くが、それと同時に自然と嘲笑の表情を浮かべた。

(まあ、オレが言えた事じゃないか。むしろ、この国の人間じゃないだけまだマシだ)

 己を笑いながら、少年は足元に気をつけて一歩一歩進んで行く。雪の重みと冷たさで足元はだいぶ疲労しているが、不思議と身体は暖かった。

(……オレは、こいつをどうすればいいんだろう。オレが何を目指しているか知らない、コイツを)

 背後に続く足音を確かめながら、少年は大きく息を吐いた。白い息がふわりと風に乗り、すぐに消えていく。

 目的地は、まだ見えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る