第3話 はじめての夜勤(7)

「はい、キミは馬鹿です。とても馬鹿です。キングオブ馬鹿です。そこのところどう思いますか、アンポンタン」

「……そーですね」

 施設内の一角、スイと天明が自室として使用している元倉庫。雲中子の説教を、スイは半分聞き流しながら聞いていた。

 あれから三日間、スイは眠っていたが幸にも命に別状はなく、目覚めてからは天明の監視のもと自室で療養していた。

 罔象については、スイが倒れている間に死亡したと報告された。天明のあの攻撃が

「キミの血はネ、ただでさえ天明の血と混ざって謎が多いんだから、無闇矢鱈に血を分けないで」

「でも、血液検査も前から普通の人間と変わりないって」

「言い訳無用!このお馬鹿!」

「ハイ、スミマセンでした」

「天明も天明だよ?無事で済んだけど一歩間違えたらマジで死んでたからネ?反省してる?」

 急に話を振られ、部屋の隅で座っていた天明が雲中子を見た。

「……」

「……人の話、聞いてた?」

「…………」

「……」

「…………」

「ねえスイ、もうちょっとこの子さあ、どうにかならない?心折れそう」

「諦めるか、折れない心を持つ方が早いぞ」

 深いため息をつく雲中子をよそに、天明は何かに気づいたのか立ち上がると、扉を開けた。まだ完全に直っていないせいか、ガタガタと扉が音を立てる。

「わ、びっくりした」

 扉の先には、張景が驚いた顔で立っていた。その両腕には花や果物が入った大きな籠を抱えていた。

「景くん!いらっしゃい。ええと、先日はご迷惑をおかけしました」

 はっとした表情で、ベッドの上でスイが深々と頭を下げた。張景はその光景に苦笑しながら、籠を手近な台の上に置いた。

「いいですよ。良くはないですけど。あとこれ、里の人からの差し入れです。すごいですね、どこで話を聞いたんだろう」

 花を空いた花瓶に挿しながら、スイの様子を見た。腕から伸びる点滴の管が、あのときを思い出すようで痛々しいが、その元気そうな表情に張景は内心ほっとした。

 だが、それとは別にどこか既視感を覚える。それが何なのかは、思い出せないが。

「スイの屋外活動のことについてはまた後で話すとして。景クン、先にしないといけないことがある」

「はい」

「スイの処分についてだよ」

 処分、の言葉に室内の空気が凍る。独断による妖獣の治療行為、獣の本能として行うそれとは今回はわけが違う。それ相応の罰は与えられても不思議ではないだろう。

(もしかして、桃源郷を追放、とか)

 張景の額に汗がにじむ。桃源郷で、他者に危険を及ぼす行為は重罪だ。もしここを離れてしまったら、兄はどこに行けばいいのだろうか。

「これはスイが全快したらになるけど」

「……おう」

 ごくり、と張景が息をのむ。スイも険しい顔つきで、雲中子をじっと見つめていた。

「とりあえず、一ヶ月の奉仕活動と反省文の提出。あとは里の行事に応援要請が来てたんだけど、今度手伝いに行って」

「……は?」

 スイと張景が、ほぼ同時に声を出す。雲中子はきょとんとした表情で、交互に二人を見た。

「え、そりゃあ危険行為だけど、結果本人しか被害被ってないし。あ、話はボクが適当に誤魔化してるからね。仙界庁が知ったら怒られるのボクだし。それに人手がたりてない状況、スイが抜けたら結構困るし。それでいい?」

「……はは、はははは!ああ、それでいい!」

 緊張の糸が切れたのか、スイはうずくまるように腹を押さえて笑いだした。それにつられて、張景もくすくすと笑い出す。

「うん?反省の色が見られない。刑を追加しようか。景クン、なにがいい?」

「えええ、僕なら、ええと……」 

 少し考え、にこりと微笑む。

「完治するまで、みんなで『お馬鹿さん』って呼ぶのはどうでしょう」

「景くん、もしかしてめちゃくちゃ怒ってる?怒ってるよね?地味に一番キツいんだけど」

「半分冗談ですよ」

「半分は本気なのか……」

 不安がるスイに少しばかり満足しながら、張景は籠の中から果物とナイフを手に取った。ポンカンにも似た柑橘を、手慣れた手つきで桃を切ると、スイに近寄り差し出す。

「実はまだ、スイさんの担当、外されていないんですよ」

 恐る恐る果物を受け取るスイを眺めながら、張景はどんな話をしようか、考えていた。

 ここに来てからどんな事をしていたのか。里の人とどんな関係を築いているのか、興味は尽きない。

 ただ少し、何かを忘れている気もしたが、それはどこからか吹いた風にさらわれたように、消えていった。

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