第3話 はじめての夜勤(5)
罔象。千七百二年一月に保護。
年齢、性別不詳。
人に近い姿をした水精である。
赤い目をしており肌は色黒。外見は子供のようだが、手足や耳が大きく、長い舌を持ち、爪は鋭利である。寿命、生殖方法不明。
文献によっては人を喰う、龍であるとされる。しかし、少なくとも当施設において保護された個体は、極めて大人しく、人喰いの兆候はない。職員との関係も良好。脱走回数なし。
「……思ったより、情報がなかった」
三日目の夜勤前。張景は手持ちのファイルを閉じると、元の棚へ戻した。
資料室には、大量の棚にこれまた大量のファイルが並んでいる。一応、コンピューター端末もあるにはあるが、張景は機械に疎いので触ってすらいない。触って爆発してもいけないので、ひたすらファイルの背表紙と睨めっこだ。
ほかに役立つものがないか探していると、背後から扉の開く音がした。
「お、景クン。勉強してたの〜?」
「雲中子様。いえ、勉強というか……」
振り返ると、雲中子がコーヒーを片手に部屋にこちらへ笑いかけていた。相変わらず、白衣だけは新品だが、道着も履物もくたびれており、気緩い男だ。とても所長、というより仙人には見えない。
資料室は飲食禁止だった気がするが、面倒なので見なかった事にした。
「わかった。罔象……というよりはスイの事でしょ」
「ええ、まあ、その」
「気にかけてくれてありがとうネ。まったく、あの子は自分も保護対象だって忘れてるんだから!もう!ずずずずず」
遠慮なくコーヒーを啜る雲中子に、張景はなにか言いたげな視線を向けたが、ため息と共に肩を落とした。
「せめて何か助けになればと思ったんです。あの調子だと、今晩もあそこにいるでしょうから」
「今晩っていうか、今日も朝からずっと見てるんだよ。よっぽど……」
と、言いかけて雲中子は言葉を止めた。その様子を張景が不思議そうに見ていると、雲中子はもう一口コーヒーを口にした。
「あの子ね、どうも小さい子に対してトラウマがあるみたいなんだよ」
「トラウマ、ですか」
聞き返すと、雲中子は小さく頷いた。
「子供に対してやけに過保護というか、滅私奉公というか。普段は単なる子供好きって程度なんだけど、弱ってる子を見ると気が気でないみたいなんだよネ。過去に何かあったんだろうけど、あの子、自分の事は話したがらないからなぁ」
「……」
心当たりが、あるような、ないような。
思い出そうとしても記憶にもやがかかったみたいに、うまく情報を取り出せない。
それよりも、なにか大前提を忘れているようで。
「ねえ、景クン」
ぴくり、と反射的に僅かに張景の肩が跳ねた。その様子を察してか知らずか、雲中子は穏やかな口調で話を続けた。
「そう緊張しなくていいヨ。悪いんだけど、仕事をひとつ、お願いしたいんだ。いいかナ?」
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