第3話 はじめての夜勤(4)

 その次の日、張景は似たような時間に見回りをしていると、スイが罔象の様子を見ているところに遭遇した。昨日と違うところといえば、足元にタオルやら果物やらといった物が置いてある。

「お、景くん。こんばんは。今日も夜勤?」

「……また脱走してる」

「脱走ちゃうやい」

「ふふ、冗談です」

 張景の言葉に、スイもつられて笑うが、その後小さく欠伸をした。昨日よりどことなく眠たげだった。

「……スイさん、そろそろ寝たらどうですか?」

「ん、大丈夫。今日はちゃんと、雲中子に許可貰ってる」

「そういう事じゃなくて……」

「こいつ、今朝から何も食べてないんだ」

 いつもと違う、ひどく心配げな声に、張景は言葉をつぐんだ。

「水はさっきようやく飲んだ。熱はない。ほとんど動かない。呼吸が静かすぎる。……寿命かもしれないって」

「そんな、こんな子供なのに」

「正確には、子供の形をした妖怪だ。実際にはもっと生きてる。だけどな、だけど……」

 スイは檻越しに罔象の髪を撫でた。ごわごわした感触は獣に近いが、毛の一本一本は子供の髪のように繊細だ。それを慈しむように優しく撫でながら、ゆっくり目を細めた。

「一人で死ぬのは、怖いからな」

「……」

 張景は、スイの言葉に内心激しく動揺した。まるで見知ったような物言いは、実年齢から来る達観とはまた違うような、不安な物言いのように感じた。

(この人は、どう生きてきたのだろう?)

 二百年。桃源郷の時間の流れと外の世界の時間流れは違う。人間の世界はいつだって激動だ。この小さな体ひとつで、ここに来るまで生き延びてきたのかと思うと、張景は自分の知見の狭さに恥ずかしくなった。

「それじゃあ景くん。なにかあったら呼ぶから、仕事に戻った戻った!」

「あ、ああ、はい……。無理、しないでくださいね?」

「わかってるよ。景くんも、程々に頑張れ!」

 屈託のない笑みについ押されてしまい、張景はその場を後にするしかなかった。

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