第3話 はじめての夜勤(2)
張景ら仙道の住まいは、仙境エリアの中に点々と存在している。大抵は山間の平地か、やや高所の洞穴を土台にして住居を構えて生活している。かつて地上で洞穴をそのまま寝ぐらとして使用していた名残りから、どこに居を構えようと、洞府と呼ばれている。
広成子の洞府は中間区間の境から、張景の足で一時間ほど歩いた山の麓にある。かつては数人の弟子と暮していたらしく、質素な作りだが部屋数が多く、広い。
張景は洞府に付き、雑務や片付けを終えると、自分の部屋で鏡と睨めっこをしていた。
「……似てる、かなぁ?」
指で目を広げてみたり、眉を寄せてみたりする。しばらく顔を弄くってみたが、なんだか少しやるせなくなり、大きなため息をついた。
張景は、先程の天明の言葉を気にしていた。似てると言われる事自体は嫌ではない。むしろ少し嬉しいが、見れば見るほど似ていない。
張景が術により体の成長を止めたのは二十代半ばのことである。対して兄は十代半ばか、良くて後半だろう。身長も体型も違えば、顔の構造もかなり違う。強いて言うなら同じ黒髪であるが、似てると言われる判断材料にはなり得ない。
ふと、弟の事を思い出す。
洞哮。今は張越と名乗っており、ここ何年も会っていない。そのため若干記憶が薄れていたが、よく考えると三人とも全く似ていない。
「……あ。兄さんの事、哮に言ってない」
割と重要な事を思い出し、張景は顔を上げた。しかし同時に、修行で山に篭りっきりで、ろくに連絡がつかない事も思い出す。
(何年か前に出した手紙も、返事が来てないからなぁ……。あの子は、今頃どうしているんだか)
小さく息をつくと、扉をノックする音が聞こえた。張景が入室を促すと、広成子がゆっくり扉を開けて入ってきた。
「張景よ。少し聞きたいことがあります」
「は、はい。どうしましたか?」
広成子の神妙な顔つきに、張景は反射的に立ち上がり、膝をついた。
「……冷蔵庫に、数日分と思われる作り置き料理があるのですが、どういうことでしょうか……?」
「……はい?」
思わず間の抜けた声で返事をしてしまった。構わず、広成子は続ける。
「先程なんとなく、冷凍のほうの引き出しを開けたのです。そうすると、見慣れないタッパーがいくつかありました。これは紛れもなく作り置き。仙道たるもの、日々の糧は必要分のみ。最小限の蓄えこそあれど、冷凍庫の半分も作り置くようなことは滅多にありません」
「はあ、というか広成子様。意味もなく冷蔵庫を開けないでください。冷気が逃げます」
「うっうっう。こんな子に育てた覚えはないはずなのに……」
張景のじとりとした眼差しをよそに、わざとらしく嘆く広成子を見、張景はやれやれと肩を落とした。
「広成子様。瞑想中でしたので後で話そうとしたんです。明日から数日、保護センターで夜勤が入りました。その間の朝晩のお食事を作り置きしたんです。明日からしばらくチンして食べてください」
「……しばらく、出来立てが食べれないと?」
「そういう事になりますね」
「成る程、そうでしたか。明日あたり雲中子にクレームを入れましょう」
「やめてください」
「私は出来立ての豆腐を揚げたやつが食べたいのです食〜べ〜た〜い〜」
「なんで仙人のくせに食にだけ異様にこだわるんですか!」
駄々を捏ねる師に、張景は更に大きなため息をつくのであった。
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