第2話 健康診断(2)
シャワー室からすぐ近くにある休憩スペースは、事務室から離れているためか、人気がない。壊れたままの時計と、全く補充されていない古ぼけた自販機の光せいか、やたら時間の流れが遅く感じる。
「健康診断、ですか」
「そう。一時間後にあるんだよ。天明の。こいつ風呂嫌いだから、せめて健康診断の前には洗ってやってるんだよ」
「でも……」
ちら、と二人を見る。
スイと名乗る少年は、本名を洞水(とうすい)という。実は張景の実兄であるが、スイはその事を知らない。張景(本名は洞操という)はここに勤めて何度か打ち明けようとしたが、色々あって完全にタイミングを逃してしまっている。
隣で頭から湯気を出している銀髪の青年は、天明(てんみょう)と言う。長身で、非常に美形で、無口である。人外である事と、とんでもなく怪力である事、そして二百年前にスイを不老にした張本人らしいということ以外は一切不明だ。
二百年も一緒にいるのだ。家族のように親しくなっていても不思議ではないが、それにしてもこれは度を過ぎている。
そんな怪訝そうな読み取ったのか、スイは苦笑いを浮かべた。
「あのな、見た目がこうだからわかりづらいけど、コイツ、男じゃないぞ」
「…………え?」
「正確には、無性別なんだ。性別もなければ、体に毛穴もないし、なんなら尻の穴すらない……らしい。確認した事ないけど」
「え、え、え?」
スイの話によると、天明はこの施設の中でも一、二を争うほど謎の多い生き物らしい。
見た目は青年だが、生殖器と言えるものが一切ない。食事を摂取しようとしない。ほとんど眠らない。風呂に入らなくても何故か常に清潔で、酸素が薄い場所でも、マグマの池に突っ込んでもピンピンしている。なんなら体の熱を操り、手のひらでお湯が沸かせる。でも何を聞いても何も答えない。
あまりに謎が多すぎて、職員達は半ば彼について考えるのを諦めているそうだ。
「どんな熱湯でも水と一緒みたいでさ。水ぶっかけられるのは嫌がるんだよ。抵抗はしないけど」
「ああ……だから早く出たくて、扉の前でじっとしていたんですか」
「そう。だからアレは大型犬を洗ってるようなものと考えてくれ。実際そんな気持ちでやってるから」
それなら、と張景は胸を撫で下ろした。インパクトが強すぎて完全に安心とはいかないものの、兄のそういった光景を目撃するのは、精神衛生上、非常によくない。例え向こうが知らないとはいえ。
そういえば、浴室から見えたスイは服を着ていたことを張景は思い出した。
「健康診断って、具体的に何をするんですか?」
「ん?身長体重を計って、レントゲンみたいな装置で体内撮って、軽く体力測定をして、一般的な健康診断と大差ないよ」
「あの……もしよかったら、後学のために見学させて頂いてもよろしいでしょうか?」
半分本気だが、半分嘘だ。
張景は、ここしばらく挨拶程度しかできなかった兄の事を知りたかった。
しかしスイは、難しい顔をしてううんと少し唸ったあと、張景を見た。
「いいけど、多分一切参考にならないぞ?」
「そんなに言う程、ですか?」
「そんなに言う程、だ」
スイの反応に不安を覚えながら、張景はついていくことにしたのであった。
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