第2話 健康診断(1)
桃源郷、とは理想郷のひとつとして考えられることもあるが、実際は大きく異なる。この世とあの世の狭間のような場所であり、人間が容易に入ることができない土地だ。
そこには古くから住む人がいて、地上から移り住んだ仙人や、神獣などが土地を守りながら細々と暮らしている。
自然豊かな桃源郷のある場所に、やたら現代的な施設がある。
妖獣保護センター。
どこぞの大型病院か製薬会社のような無機質な建物に、張景が勤めるようになって早一週間が過ぎた。
「ええと、あっちの檻の子には果物をひとかご分、隣の亀っぽいのにはペレットを……」
片腕にバケツをふたつ下げ、もう片方の手に持ったメモと睨めっこしながら、張景は檻の並ぶ部屋を行ったり来たりしていた。
新人である張景があたっている仕事は、妖獣たちの餌の準備である。張景の配属された場所は、先日騒動のあった比較的大人しい妖獣が収容されたエリアで、最も収容数が多い場所だ。とにかく準備する餌の量が多い。餌を準備したら収容エリアまで運ばねばならないため、想像以上に体力を使う。
そのため、昼前にひと段落つく頃には、かなりヘトヘトになってしまう。
「つ、疲れた……。妖獣関係なく、芋を潰すのに疲れた……」
仕事を終え、昼食を済ませた張景は、外の風に当たるために通路を歩いていた。ふと、通路の先にシャワー室の看板を見つけた。扉の前には使用中の立札が貼られており、水音が聞こえる。
あとで汗を流すのもいいかもな、と張景がぼんやり考えた矢先だった。
「天明!ほらこっちを向け!間に合わないだろうが!」
と、聞き慣れた声が、シャワー室の中から聞こえてきた。
「……スイさん?」
その声が気になり、張景はシャワー室の扉をそっと開けてみた。鍵のない扉は簡単にスライドし、脱衣所を挟み、目の前に飛び込んできたのは、磨りガラス越しにこちらをガン見する全裸の男の影だった。
「ヒエッ!?」
思わず短い悲鳴を上げてしまう。慌てて口を押さえるが、中にいる人物に感づかれ、磨りガラスの扉が僅かに開く。
「……景くん?」
ひょこっと、黒髪の少年が顔を出してこちらを見る。隣の男──天明はガラス越しで見えないが、微動だにしていない。
男二人で、シャワー室に。
よからぬ想像が張景の脳内で瞬時に展開された後、気まずさと恥ずかしさで、みるみるうちに耳の先まで顔を赤らめた。
「すすすすすみませんすみませんすみません!!お邪魔しました!」
「ちょっと待った!その顔!絶対誤解してる!待って、説明するからーーー!!」
大慌てで扉を閉めようとする張景を、スイはもうすごく必死に引き留めた。
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