第35話 落ちるか、落ちぬか

 その後、私たち統合軍第二次調査隊生存者五名はどうなったかといえば――


 軽くまとめると顛末はこうだ。


 脱出ポッドにて黒薙島近海を漂流しているのを超重力カーテン監視艦隊が発見し、救助する。


 発見時、私たち五名全員が意識を喪失していようと、目立った外傷はなし。


 その中で私紙谷ユウミ中尉がミィビィより渡された記憶媒体には、月面裏の座標と解除コードが記録されていた。


 統合軍総司令部は、ただちに有人調査を行い、月面裏の指定座標にて地下施設を発見する。


 解除コードは地下施設への入場許可書。


 奥深くに安置されたエネルギー物質を開発者二人が残した文と共に持ち帰ることに成功した。


<クアンタム・キューブ>


 草薙博士と黒部博士がイヴァリュザーを解析して生み出した新エネルギー物質。


 エネルギーの自己生産・自己消費を行う永久機関。


 生み出されるエネルギー総量はオルゴニウムと遜色がなく、既存のオルゴ制御システムでも問題なく運用できる。


 イヴァリュザーを解析しただけに、一部から危険性を問う声があった。


 食す誘発性や毒性が排除された一方、そのエネルギー物質は任意の増殖にてエネルギーを分け与えることさえ行える。


 オルゴニウムがイヴァリュザーへと進化を促す事実、草薙博士と黒部博士の共犯関係は混乱を防ぐため、統合軍総司令部により、この事実は隠蔽された。


 世界全土を網羅するライフライン維持故に行った処置だった。


 何より金色の光にて、黒薙島消失が新たなオルゴニウム採掘を実質不可能とし、同時、オルゴネットワークを介して世界全てのオルゴ発電炉が機能停止に追い込まれた。


 内蔵されたオルゴニウムどころか備蓄分すらエネルギー全てを金色の光に搾り取られたからだ。


 世界を支えるエネルギー消失は大きな事件だ。


 それでも世界は再び奪い合うことなく一つにまとまっている。


 最もたる理由は、世界を包んだ金色の光が鎮まると同時、衛星軌道上に展開されたオーロラ緩和フィールド発生装置が、太陽光発電衛星として自動起動したこと。


 太陽光発電衛星が全世界のエネルギーをどうにか賄っているため、誰もが二博士がもたらした新エネルギーに未来を見据えられたからだ。



 あれからオルゴネイターはどこへ消えたのか?


 落下していたカイザーはどうなったのか?


 反転した理想郷ウドナザは?


 波動精隷は?


 人間のように意志を持つオルゴノイドは?


 唯一証拠として確保できたのはオルゴギア本体のみ。


 あらゆる物の誕生に二博士が関わっていたからこそ、統合軍は人員を総動員し、血眼となって岩礁となった<黒薙島>を中心に探索を開始する 


 結果、痕跡らしい痕跡を何一つ得られず、誰も行方を把握できぬまま半年が経過するのであった。



「あれから半年か……」


 私ユウミは一人繁華街へと繰り出していた。


 今の服装は野戦服ではなく、カジュアルなシャツにズボンだ。


 寄宿舎にいても退屈なだけであり、今まで軟禁同然だったこともあって溜まりに溜まった鬱憤を解消するのが目的だ。


 帰還後は多忙を極めた。


 報告会議に提出する資料作成。


 島内、いや異界内で起こった出来事を洗いざらい聞きださんとする査問委員会。


 特にハゲと罵った幹部はなんとしてでも私を処罰したかったようだけど、総司令の計らいにより緊急避難として無罪放免となる。


 当然、機密情報であるコードを第三者に流出させないことを絶対の条件としてだ。


 了承しない理由がないため、私は統合軍勲章に宣誓を立てることでようやく閉廷となる。


 そうして、今、休暇を取り繁華街に繰り出した訳であった。


「どこ行こうかしらね」


 美味しいものを食べようか。


 それとも新作の服でも見て回るか。


 確か、あの店は今度新作のシューズを出すと広告で見た。


 ふとアミューズメントパーク前を通りかかる。


「よし、憂さ晴らしに暴れるか!」


 発散は大切だからこそ私はアミューズメントパークに足を踏み入れる。


「あ、これ新作出てたんだ」


 ふと目に付いた筐体は対戦型ロボット操縦ゲームだ。


 気軽にロボットの操縦ができることから人気を博し、学生時代、放課後によく遊んだ思い出があった。


「さて、久々に暴れますかな」


 カプセル型操縦席に私は乗り込み、興奮で乾く唇をぺろりと舌で舐める。


 八機によるバトルロイヤルを選択。


 最後まで生き残ったプレイヤーの勝ちという単純明快なルールは、裏切り共闘何でもありとリアルファイト上等だった。


「あ、あれ? な、何これ?」


 戦闘開始間もなく三機が、続けざま二機が撃墜により脱落となる。


 私の操作機体を無視するように、この二機は真っ正面からぶつかり合っていた。


 殴る、撃つ、蹴ると戦闘のセオリーなど両者揃って野性的な戦い方にどこか既視感を覚えた。


「あ、相打ち」


 介入する間もなく両者撃墜で最後まで残っていた私が自動的に勝者となる。


「わ、私、何も、一歩すら踏み出していないのだけど……」


 憂さ晴らしが晴れず、胸の内に曇天として溜まる。


「ああ? 無限台じゃないから交代だと? ざけんな! ルールには勝敗がついたら次に交代するとあるんだろう!」


「そうだ、そうだ! 勝敗は相打ちなんだ! 勝ち負けはついていない!」


 どこか聞き覚えのある怒声が二つ、カプセルの外より聞こえてきた。


 カプセルの外に出た私自然と喧噪の方に足を向けていた。


「あ、あなたたち!」


 困惑するスタッフに詰め寄る二人の少年に驚き、目を見張ってしまう。


「あっ、ユウミ!」


「あはは、何でいるのよ」


 呆気にとられて口を開くのは店員に詰め寄っていたタカヤ。


 乾いた笑い声を浮かべるのはコウだ。


 二人とも島内で見た戦闘服ではなく、ラフな服装に身を包んでいた。


 よく見れば各々の服の胸ポケットより小さな頭が覗いている。


 波動精隷のクドとフドであり、こちらに気づいて小さな手を振ってきた。


「もう今までどこ行っていたのよ!」


 私はスタッフを押し退け、タカヤとコウを抱きしめていた。


 周囲から家出少年を保護者が見つけたと思いこんだ視線が背に突き刺さるが断固無視である。


「何って遊んでいたに決まってんだろう!」


「そうだよ。外は面白いことが溢れているんだ。遊ばずして何をするの!」


 煩わしそうに私から離れようとするタカヤとコウだが離せずにいる。


 私の知っている彼らならば、児戯にも等しく突き放せるはずだが理由に気づく。


 見ればベルトはただの装飾品であり、オルゴギアではなかった。


「無事なら連絡しなさいよね」


「はぁ? したっての」


「そうだよ。統合軍だから、そっちに連絡してもさ、個人情報の観点からお伝えできませんとかバカみたいに何度も言うんだよ」


「腹立ったからストレス発散していたのさ」


「後で無礼な電話の奴の所にギアつけて殴り込むつもりだった」


 恐ろしい行為は異界内だけに留めて欲しい。


 そして偶然の再会に感謝を捧げたい。


「あ、そういえば私、連絡先教えるの忘れていたわ」


 すぐに再会できると思ったからこその失念でもあった。


「今までどこにいたの?」


「寝てた!」


 タカヤの即答は私の求める答えになっていなかった。


「オルゴエネルギー使い果たした反動で本当に寝ていたんだ。あ、そうそう、ミィビィやクドの妹たちも元気だよ」


 彼ら二人の生存が確認された以上、オルゴフォートレスの面々も当然、無事のようだ。


「見つかるとクッソ面倒だから要塞丸ごと海の底で留守番中さ」


 確かに、戦力か、脅威か、次なる統合軍の動きを警戒するならば妥当な回避法である。


 恐らくはミィビィの入れ知恵だろう。


「いや~黒薙島、見事に消しちゃったね」


「まあ、異界ごとイヴァリュザーを消し去れたんだから、島一つなんて安いだろう」


「要塞の中にある裂け目も消えちゃったし、まあお陰でこれからごちそうにありつける」


「そうね、約束したものね」


 再会したら焼肉を奢る約束を私は忘れていなかった。


 ただ、預金残高を確認するのは忘れていた。


 結果――


「お会計一八五万四七六三円となります」


「……クレジットで。後、領収書を統合軍総司令部宛てにお願いします」


 専用機を作るためにコツコツ貯めてきた預金が消し飛んだ。


 絶対に経費で落としてやる!


 渡された領収書を振るえる手で握り締める私は誓う。


「私、カラオケ行きたい!」


「いいわね、フド。お姉ちゃんとデュエットとするわよ!」


「お~い、ケーキバイキングあっちにあるぞ」


「なら、次そこ行こうか」


 腹がはち切れんばかり肉を食ったタカヤとコウだけど、次はケーキを食わんとする姿に私は腹に据えかねた。


「あなたたち、少しは自重しなさい!」


「「「「だが断る!」」」」


 見事ハウリングした四つの反論が飛んできた。



 なお焼肉代は見事一発経費で落ちた。


 ただしオルゴネイターとの再会は私の休暇を見事にぶっ飛ばす。


 そして、休みたくても休めぬ日々がこれから始まるのであった。

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