第34話 金色の超越者

「いい加減にしろ――このハゲ!」


 私の中に溜まりに貯まった鬱憤は火山噴火の如く怒りとしてついに爆発した。

 

 上官であろうと構わず罵倒したのだから、部下はおろかモニターに映る幹部すら愕然と表情を強ばらせていた。


『は、ハゲ、だ、だと、き、貴様、上官に向かってなんだその言葉遣いは! 営倉行きで済まされるものではないぞ! 帰還したらしっかりと上官を侮辱した罪で!』


「うるさい! 今人類が滅びるか滅びないかの半歩手前なのよ! 壊れたスピーカーみたいにぴーちくぱーちく同じこと言わないで、私にとっととコードを寄こせ!」


 この状況下、相手が上官であろうと私は知ったことじゃない!


「人類が滅んだら全責任被るのはあんたよ! 今の内に遺書と拳銃でも用意して自分で自分を処刑する準備でもしておきなさい!」


『い、言わせておけば、きっ、きき、貴様!』


 口から言葉と唾を飛ばして迫る私にモニターの向こう側に映る幹部は茹で蛸のように怒り心頭だ。


 何か言おうと口を開きかけた幹部の右肩に手を乗せる者が現れた。


『そ、総司令!』


 その手の主は統合軍の全指揮を預かる最高責任者だ。


 幹部と入れ替わるように席を替わった総司令は告げる。


『今すぐ君が要望するオルゴネットワークのコードを転送しよう』


『で、ですが、あれは機密中の機密です!』


『緊急事態だ』


 この一言で幹部を黙らせた。


 二〇秒の間もなく、私の腕時計型端末がコール音でデータ受信を告げる。


 確認するまでもなく、オルゴネットワークのコードだった。


『状況を打破できるのか?』


「はい、あの二人なら必ず!」


『ならばこの件、君に一任する! 帰還次第、報告書をまとめるように。以上だ!』


 総司令の一言により通信は途切れる。


 私は即座に端末にコードを展開させ、オルゴライザーとの接続作業に入った。


「そうか、それなら島外の人間が三〇年もの間、オルゴニウムに毒されなかったのに説明がつく!」



「くっそが、離しやがれ!」


「カイザーの背面ハッチが塞がれている! これじゃライザーを出せない!」


 私が総司令部よりコードを受け取った時、巨大オブジェクトに拘束されたカイザーは衛星軌道を越える高さまで運ばれていた。


 その眼下には青き地球が見え、流れ出る汗が玉となって無重力で浮かぶ。


『二人とも!』


 私は通信衛星を介して二人に呼びかけた。


「んだよ、ユウミ、今クッソ忙しいんだ!」


「つまらない用件ならそのまま、ユウミの家に落ちてくるけど!」


 もがけばもがくほどカイザーはオブジェクトより生える無数の手にからめ取られる。


 それどころか手同士が融合を果たし、オブジェクトの中にカイザーを取り込まんとしていた。


『状況を打破できる方法が見つかったわ!』


 タカヤとコウは揃って目尻を険ししては目が力強く訴える。


 その方法とは何か、とっとと言わねばぶち殺すと。


 だから私は見慣れた目に怖気ることなく言ってやった。


『世界を一つに繋ぐ。これこそ波動を超えるハドウに至る答えなの! 細かい説明は後、今からライザーのツインリアクターと世界に網羅するオルゴネットワークを接続させるわ!』


『ちょっと、ユウミさん、そんなことしたらカイザーに全世界のオルゴエネルギーが流れ込み、オーバーロードで自爆します!』


『いいえ、あの二人が設計開発したものよ、自爆なんてしない!』


 接続作業を続ける中で私はオルゴ発電炉に組み込まれた仕組みに気づく。


 オルゴ発電路のエネルギー経路であるオルゴネットワークには、拒食と解毒の処理が施されていた。


 それはオルゴギアのようにフィルターを施すのではなく、エネルギーの激流に晒すことで食欲と浸食を無効化させる。


 言わば地球規模のエネルギー浄化装置――それがオルゴネットワークのもう一つの顔だ。


『接続準備完了! 私にできるのはここまでよ、グッドラック!』


 ライザー側のメインモニターにはオルゴネットワーク接続準備完了の文字が映る。


「ミィビィ、接続急げ!」


「ミィビィ、接続急いで!」


 タカヤとコウは声をそろえて訴えた。


 同時にオブジェクトは地表に向けて動き出す。


 円錐オブジェクトと地表を繋ぐシャフトは先端より外れ、大気圏内へと落下していく。


「大好きな世界に殺してもらえるなんて、あなたたちからすれば本望でしょう?」


 オルゴニウムの女の声が不快さを与えてくる。


 頭部を地表に向けられたカイザーは、オブジェクトからの脱出を行おうにも半分を取り込まれたことで不可能だ。


 このまま落下すればカイザーは地表直撃に耐えきれるか分からない。


 仮に耐えきれたとしても、中にいる私たちが耐え切れぬとオペレーターの波動精隷が伝えてくる。


『接続できました。ですが、エネルギーゲインが高すぎます!」


 衛星軌道に展開された送受信衛生が一斉にアンテナを向け、カイザーに向けて送電を開始する。


 一斉に受けたことでカイザーの電力受信アンテナが悲鳴を上げた。


「バカか、お前は!」


「そうだよ、ただ落ちているだけで諦めてたまるか!」


『その通りじゃ!』


 通信に割り込むのはつい先日、ライブラリ映像で聞いた声。


 モニターに黒部博士と草薙博士の顔が映り込む。


「草薙のジジイ!」


「黒部のジジイ!」


 二人の祖父に当たる人物だ。


 驚くべきは記録映像でなく、リアルタイムで送信されている映像だと通信システムが語っている。


『なんじゃなんじゃ、悪ガキ共め、ただいま真っ逆様で落下の最中とは! わしはてっきり逆上がりの練習で下手くそのあまり、ググ~イと大気圏外まで飛んでズババーンと行ったと思って腹が痛くなったところじゃ!』


「抜かせ、クソジジイ!」


 コウの穏和な顔は崩れ雑言を吐く。


『見事、オルゴライザーの起動に成功したようだが、ガタゴト動かすだけで状況は何も変わらないぞ』


『だったらかわいい孫に救いの手でさしのべ……いや、気持ち悪いから遠慮するわ。こづかいだけくれっての。あ、諭吉でいいぜ~』


 タカヤ好みの美人にならば尻尾を振っていただろう。


 だけど、相手は祖父の草薙博士であるため、こみ上げる吐き気により断っている。


『オルゴマキシカイザーは殻であり、オルゴライザーこそ波動を越えるハドウを生み出す器だ!』


『今なお殻を破れず、器に閉じこもっていては越えられるもんも越えられんぞ! 既に鍵も鍵穴も揃っておる。後はギュインガガンのズドンドガンと歌い動かしいがみ合わせるだけじゃ!』


 言うだけ言って二博士は通信を遮断する。


 宇宙のどこかで生きていると思えば、突然通信を寄越してくる。


 好き放題言うだけ言って通信を切る二博士にタカヤとコウは逆鱗に触れた。


「な~にが、ギュインガガンのズドンドガンと歌い動かしいがみあわせるだ! 風呂上がりに、健康の証拠だと男回していたらババアに玉蹴られたジジイがどこにいた!」


「釣りに出かけたと思えば実は美女目当てのナンパで、お婆ちゃんにパイルドライバー喰らったジジイがどの口でいうか!」


 発破をかけられたタカヤとコウは今一度操縦桿を強く握りしめた。

 そして、揃ってコンソールをタッチ、ライザーのツインリアクターとカイザーのオルゴ重力反応炉の出力を最大限に上げる。


『ただでさえ外部供給のエネルギー制御で手一杯なのに!』


「これでいいんだよ!」


「ミィビィはそのまま受けているエネルギーを制御して!」


 ただでさえツインリアクターは、異なる波長のエネルギー同士をシステム制御でオーバーロードが起こらぬよう文字通り制御している状態。

 追加エネルギーを流そうならば、大爆発を起こす。


 リアクターの高まる鼓動がコクピットまで迫る。


 同時に正面モニターが真っ赤に染まる。


 落下する巨神とオブジェクトに押し潰された空気が、断熱圧縮と呼ばれる現象を発生させていた。


 この現象は降下する物体と空気との摩擦熱により発生するのではなく、大気中の空気分子同士が激しくぶつかり合うことで二千℃近くの超高熱を発生させるものだ。


 カイザーと巨大オブジェクトは真っ赤に燃えながら落下していく。


 激しい振動が戦艦を揺さぶった後に成層圏を越えて青き世界を眼下に広がらせている。


 固定具もなく、ただ柱や荷物にしがみついている私たちがどうにか無事なのは優れた気密性と高い生存機能のお陰だ。


「フド、行くぜ!」


「クド、行くよ!」


 格納庫の状態など知るはずもなく、タカヤとコウはソングブースターをオルゴドライバーに装着する。


 すぐさまクドとフドは投影シートを専用のステージに変形させた。


「行くよ、フド!」


「うん、お姉ちゃん!」


 波動精隷の歌声が重なりデュエットが開始される。


 コクピットから発する二つの歌声が、ツインリアクターと共鳴、金色に輝く粒子を放出する。


 金色の粒子は暴発寸前の過剰供給されるエネルギーを制御、高まる鼓動に変換していた。


「な、何よ、この耳障りな音は!」


 今までに聞いたことのない歌声にオルゴニウムの女の声が歪む。


 そして、カイザーは全身を金色の粒子に包まれた。


 地表激突まで残り一〇キロメートルを切った時、変化は起こる。


 カイザーの巨体を真っ二つとする金色の亀裂が走る。


 だけど、この亀裂はオーバーロードにより生じた物理的な亀裂ではなかった。


「これぞ、ギュインガガンの波動を越えるハドウ! 否――俺様たちの覇動!」


「ズドンドガンの横行覇動とは僕たちのことだ!」


 カイザーの亀裂は収まらず、放出される金色の粒子は胎動刻みながら人の形を形作る。


 現れたのはライザーではなかった。


 波動を越える覇道ハドウにて、殻を破りて器より誕生せし金色の超越者。


 全身像はライザーに酷似しながらエッジの効いた装甲を持つ巨人は、蛹から蝶へと羽化するように黄金の粒子の中よりプラズマ纏う全身を露わとする。


「な、なによ、こ、これ、あ、ち、力が!」


 オルゴニウムの女は悲鳴を上げる。


 カイザーを取り込んだオブジェクトは、放出される金色の粒子により量子分解されていく。


「覇動装鋼プラズマライザー顕現!」


「雷嵐の覇動を思い知れ!」


 これはロボットではない。


 オルゴネットワークを通じて世界と一つに繋がったカイザーは、内包する超高密度エネルギーから物質化現象を引き起こし、金色の超越者を誕生させた。


「さあ、覇動を妨げる者よ!」


「生まれし波動に還れ!」


 カイザーより飛び立ったプラズマライザーは金色の雷嵐を放つ。


「そ、そんな、い、イヴァリュザーへの、し、進化を拒む人類は自ずと!」


 オブジェクトが金色の閃光に消え行く中、聞こえた女の絶叫。


「ああ、滅びるかもしれないな!」


「進化を拒んだ先が滅びの運命だとしても僕たちは戦うよ」


「その運命とやらにね!」


「ね!」


 金色の閃光は雷嵐の槍となり地表掘るシャフトを島ごと包み込んだ。


 そして、世界は金色の光にに包まれる。



 私ユウミは意識が金色の光に包まれていく中、誰に言うまでもなく呟いた。


「確かに、イヴァリュザーは完全な生命体としてぐうの音も出ないほど完成されているわ。けど、人間の進化体としては失敗作なのよ」


 オルゴニウムの女からすれば使命と進化の否定になるだろう。


「神様が、始まりの男アダム始まりの女イブを作ったように、イヴァリュザーを男と女に別けるのを忘れているわ。増殖は人間の――いえ、種の進化とは言えない。種とは男と女がいて、初めて種と呼べるの、だか、ら……――」


 この呟きは相手に届くことはないだろう。


 分かっていても呟かねばならぬのは人としての矜持だ。



 その日、世界は金色に包まれ、二つの可憐な歌声が幾重にも響き渡っていた。

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