第33話 このハゲ!

 あれだけの猛撃を受けて倒れないなんでどうして!

 

 異変に気づいたのはクドだ。


 何故、倒れなかったのか、原因を即座に見抜いていた。


「コウ、タカヤ、あれを見て! 裂け目がもう一つある!」


 正面モニターの一部が拡大展開される。


 拡大されたのは円錐の底辺部。


 本来なら底部は円錐だけにフラットであるはずが、中央より長いシャフトのようなものをもう一つの裂け目に潜り込ませていた。


「あら、気づかれちゃったかしら」


 どこからオルゴニウムの女の陽気な声がした。


 それは隠していたおやつを子供に見つけられたと言った様だ。


「てめえ、どこにいやがる!」


「ぶっ潰してやるから出てこい!」


 タカヤとコウが挑発しようと蛇は誘いに乗らない。


 乗ることはない。


『解析出ました! どうやらあのシャフトは一種のシールドマシンです! 直径はおよそ一八メートル! 裂け目を介して既に地球を掘削しています!』


 円錐型オブジェクトはフェイク


 底部より裂け目へと延びる本命のシャフトは既に地球を掘り進んでいた。


「た、大変! シャフトの先端はもう内マントルにまで達しているわ!」


「さらに掘削速度上昇、このままだと二時間以内にコアに到達しちゃう!」


 クドとフドが口調に慌ただしさを乗せて解析を報告する。


「んなもん、引き抜けば事足りるだろう!」


「そうだ! でっかい大根を引き抜くようなものだよ!」


 カイザーは動く。


 十指を広げ、円錐の巨大オブジェクトを正面から掴み上げた。


 オブジェクトとの接触で火花飛び散り、不快な音が格納庫にまで響く。


「うふふ、あなたたちってこの世界が大好きなんでしょう?」


 女の声と呼応するようにオブジェクトから無数の手が現れる。


 掴んでいたカイザーを逆に掴み上げ、オブジェクトに縛り付ける形で固定する。


 当然のこと、カイザーは振り解かんとするも、払いのける度に別の手が現れ、離脱を許さない。


 カイザーを逆に掴み上げ、オブジェクトに縛り付ける形で固定する。


 カイザーは砲撃しようと、別の手が新たに現れ、無駄弾と為す。


 そして、オブジェクトはカイザーごと裂け目に沈み込んだ。



 抜けた先は本来の調査目的地である黒薙島!


 異界ウドナザからの脱出に結果として至ろうと、私たち調査隊は素直に喜べるはずもなかった。


 オブジェクトにカイザーが取り込まれた影響で、機体内が九〇度傾いているからだ。


 誰もが固定された機材や柱にしがみついている。


 しがみつこうと、作業の手は止めないのは任務に万進しているからだ。


「か、カイザーが!」


 黒薙島に出現したオブジェクトは底部シャフトを天高く伸ばす。


 シャフト先端が回転を続けて地殻を深く掘り進んでいる一方、不回転の円錐部がカイザーを遙か天高く連れ去っていた。


「あ、あんなのが落ちれば地球は滅びますよ!」


 なお傾き続ける巨神の中で機材にしがみつく部下が顔を青くする。


 太古を支配した恐竜が絶滅した説の一つとして隕石落下がある。


 隕石落下により舞い上げられた塵が地球全土を多い、太陽光を遮断する。


 太陽光が遮断されば、地表の温度は急激に下がる。


 変温動物であった恐竜たちは、強制的に襲来した寒さに適応できず滅び去った。


 それが今、叡智の結集たるカイザーを利用して引き起こそうとしているのか。


「この落下も人類に与える試練とでも言いたいの!」


 私は苛立ちのあまり機材にしがみついて歯噛みする。


 同時にどうすれば窮地を脱せるのか、今なお波動を越えるハドウを見つけ出せないことで焦燥に駆り立てられる。


『ザザザ、ガガガガ、応、応、聞こえますか――』


 その時、隊員の腕時計型端末からノイズが走る。


『こちら統合軍総司令部、第二次調査隊、応答――』


 外界に脱出したこと、超重力ケージが弱まっていることが重なり、総司令部との通信が回復した。


「こちら統合軍第二次調査隊、紙谷ユウミ中尉、本部応答せよ!」


 私は即座に通信を開く。


 腕時計型端末より映像が投影され、禿頭の幹部が映り込む。


 軍服の胸元には幾つもの勲章が煌めいていることから、高い位なのは嫌でも分かる。


 軍組織というのは部隊によって編成されているため、直属でない限り幹部の名を知っていても顔を知らぬことはままあった。


『こちら総司令部。紙谷中尉、島内で何があった。状況を説明しなさい』


 報告、連絡、確認は情報を伝達する上で重要なことだ。


 総司令部ならば戦局をモニタリングしているはずだが、迫る状況よりも事の成り行きを聞き取らんとしている。


「今上昇中なので、説明を後回しにしてくれると嬉しいんですけどね!」


 巨神の高度が上がるにつれて傾く角度は増していく。


『じ、上昇だと! ま、まさか、巨大物体の中にいるのか!』


「正確には巨大ロボットの方です! ちょ、どこ掴んでんの!」


 柱から手を滑らせた部下の一人が落ちかけるも、咄嗟に私の足にしがみついてきた。


「も、もし分けありません! で、ですが、不可抗力で!」


「戻り次第、セクハラで訴えるわよ!」


「それはイヤなので自力でどうにかします。しばしのご辛抱を!」


 部下が言うなり私の足から間近にある別の柱に飛び移っていた。


『あんなものが地表に落ちたらどうなる!』


「今それを防ぐために奔走している最中なんですよ! あ、間違ってもミサイルで総攻撃しないくださいね! 撃つだけ無駄なんで!」


 統合軍全戦力を叩き込もうと血税の無駄だ。


 規格外の敵を相手にしてきた非常識な巨神に常識的な攻撃など通じるはずなかった。


『やってみないとわからんだろうが! 技術者無勢になにがわかる!』


 ああ、この男は石頭か……私は吐息しか出ない。


 それ相応の地位に座る実力を持ち合わせているとしても、現状を見て欲しいものだ。


『ザザザ、ええい、通信状態が悪くなってきおった。いいから繋がっているうちに、詳細なる状況を伝えるんだ! これは命令だ!』


 幹部から唾と共に怒声が飛んだ瞬間、私の脳裏で何かが繋がった。


「繋がる?」


 今まで収集した情報が私の中で音を立てて組み立てられていく。


 全世界のエネルギーを賄うオルゴ発電炉。


 一つとなった世界を繋げ合うオルゴネットワーク。


 世界を一つにせんと世界征服で悪となった黒部博士。


 世界の平和を守る善に立った草薙博士。


 全ての事象がここで一つに繋がりあう。


「まさか!」


 私は両足で柱にしっかりとしがみつけば、逆さ吊りの状態でタブレット端末に指を走らせた。


 タブレットにはライザーから供給されたオルゴエネルギーがカイザーの内部を循環している。


『おいコラ、無視するな!』


「ライザーは同調させることで生成率を上げたツインリアクターを搭載している。今はカイザーにエネルギーを供給している電池代わりだけど、もし、もしもよ、全てをひとまとめしたら、どうなるの?」


 ライザーとは越えし者の意味がある。


 ならば、文字通り、波動を越えるハドウを生み出す中枢となるならば、私の読みは当たっていることになる。


「大至急、オルゴネットワークのコードを転送してください!」


 私の発言は上官に対する命令無視なのは百も承知。


 軍法会議にかけられても文句さえ言えない。


『お、オルゴネットワークのコードだと! それは最高機密だぞ! 世界の生命線を技術士官がなにに使う気だ!』


 当然のこと、頭の硬い返事が来た。


「時間がないと言っているじゃないですか!」


『とにかく説明しろ! 他の隊員の安否は? 島内で何があった? あの巨大なロボットと巨大オブジェクトはなんだ? 草薙博士と黒部博士の生死は? さあ、早く答えろ! これは命令だ!』


 矢継ぎ早に説明を求める幹部の頭の中は、オガクズでも詰まっているのか。


 スピーカーのように問答を投げかけることが、私の腹に鬱憤を蓄積させていく。


 時間を浪費する間、カイザーを拘束するオブジェクトは地表から秒刻みで離れ続け、今まさに衛星軌道から離脱せんとしていた。


「い、いい加減に……」


 逆さまの私はタブレット握る手を怒りで震えさせる。


 胸の内にたまる鬱憤がマグマの如く激しく対流する。


「いい加減にしろ――このハゲ!」


 鬱憤は火山噴火の如く怒りとしてついに爆発した。

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