第30話 技術者の決意

「計算出たよ!」


 一人の波動精隷が声に緊張を乗せながら、コンソールを小さな手でバンバン叩く。


「あのオブジェクトをこのまま放置すれば、二四時間以内に空間を超えて地球の地殻を突破。そのまま三八時間後には地球のコアに到達するよ!」


 地球は地殻、上部マントル、下部マントル、マントル、外核、内核の構造である。


 よく勘違いされるがマントルは岩石の層であって液体ではない。


 マグマとはマントルの一部が溶けたものを指し、表面から下二九〇〇キロメートルまでを締めている。


 ただ距離があるだけではない。


 コアに近づけば近づくほど、圧力と温度が増す。


 中心温度は太陽の表面温度とほぼ同じ約五七〇〇度、圧力は三六四万気圧に達している。


 いくら人類が宇宙に有人ロケットを飛ばせる技術を開発しようと、今なお地中深くまで潜行する技術は開発されていなかった。


「温度と圧力で自滅……なんて期待、抱くだけ無駄なようね」


 敵対する神の使徒の前で自滅を神に祈るなど皮肉なものだ。


「地球のコアには何があろうと必ず到着するわ。だってそれが進化した種、イヴァリュザーだもの」


 オルゴニウムの女は余裕を見せるかのように、穏やかに笑いながら姿を消した。


 ならば、オルゴフォートレス側が取る行動は決まっている。


「ミィビィさん、あの女の柱、鼻っ柱ごと破壊してやりましょう!」


 オルゴライザーは起動した。


 それどころか要塞は巨神変形を可能とした。


 正面から戦っては全滅すると考えたからこそ、敵は地球を初期化させる手を取ってきた。


 ならば阻止できる可能性がある。


「……ユウミさん。あなたたちはオルゴフォートレスから離脱してください」


「り、離脱って!」


「お気持ちは分かります。協力にだって感謝しています。ですが、これから起こる戦いは総力戦になります。私たちに目的があるように、あなたたちにも目的があるはずです」


 ミィビィの言い分は理解できる。


 今までは過程の中で互いの目的が重なっていただけ。


 だが、現状況は違う。


 オルゴフォートレスの目的は異界に巣くうイヴァリュザーの殲滅。


 私たち統合軍第二次調査隊の目的は生存者救出と調査。


 生存者ゼロの結果であろうと、草薙・黒部博士の生存証言はお釣りが来るほどだ。


 私たちが戦闘に参加する意味はない。


 それを一番に理解しているのは私自身だ。


 生き残った隊員全員が技術者であり戦闘員ではない事実がなお背中を押す。


「だけど、お断りします!」


 事実が背中を押そうと、私はきっぱり断り踏み留まる。


「な、何故ですか!」


「何故って――そうね」


 オペレーターたちの視線を一身に受けながら私は理由を考え込む。


 紙谷ユウミはオルゴネイターではないから戦力にならない。


 かといって波動隷霊のように可憐な歌と踊りを行える訳でもない。


 カイザーの操縦経験があろうとオルゴノイドの操縦は実質ペーパーである。


 戦力外通告は当然だけど、技術者として留まる確固たる理由があった。


「完全起動に成功したオルゴライザーでも、開発者の性格を踏まえれば、裏の裏、隠しの隠しがあっても不思議じゃないわ。これから起こる戦闘で切り札になる可能性がある」


 ミィビィを筆頭に波動隷霊の誰もが押し黙る。


 不動要塞に巨神変形機構が隠されていた。


 何よりミィビィが私たち技術士官を実力行使で追い出さないのは、オルゴライザー起動の実績があるからだ。


「波動を超えるハドウ……ライザーは器、カイザーは殻。これが何を意味するか分からないけど、その謎を解明するのが技術者の仕事だと思うの」


 私に押されたミィビィは観念したのか、両手を上げて見せた。


「分かりました。乗り掛かった舟、いえ要塞です。ですが危険と判断したら実力行使で脱出させますからね」


「ええ、肝に銘じておくわ」


 覚悟を持って私は首肯した。


「では、これをあなたに渡しておきます」


 ミィビィは穏やかな声を発しながら胸部装甲の一部を開く。


 迫り出すように現れたのは一枚のメモリチップだ。


「これは?」


 受け取った私は保存データについて尋ねていた。


「オルゴニウムに代わるエネルギーを保管した地図です」


「代わるエネルギー? それに地図?」


「正確にはその座標が記録されています」


「いいんですか? そんな重要なもの、私に渡して?」


 技術者として未知の技術は高ぶりを与えてくる。


 けれど表情に出すほど間抜けではなかった。


「草薙博士と黒部博士は、世界が一つにまとまり繋がっているならば、正しく使いこなすことができるとおっしゃっていました」


 自らの出自を語るのは相手に信頼を抱いているからだ。


「ある時、幼子を抱えた二博士が私のところに押しかけてきました。理由を聞けば娘夫婦を同じ事故で亡くし、老夫婦がバカ元気すぎる幼子を育てるには体力的に無理があると。ですから母であり子沢山の子育て経験のある私にその幼子の育児を頼んできました」


 二人の博士はそれぞれ結婚して子供がいたとは聞いている。


 ただオルゴニウム発見を契機に日本政府が博士たちの身内を重要人物として身元を保護していた。


 どこの誰か、どこに住んでいるのか、徹底的に秘匿されていた。


 それは三〇年建った今でも変わっていない。


「なら、あなたは……」


「私はただの母親ですよ。、ただの、ね」


 私はこれ以上深く踏み込もうとしなかった。


 ミィビィも心情を読み取ったのか、これ以上語ることはない。


「あの二人がどうしてミィビィさんに頭が上がらない理由が分かったわ」


 二博士は揃って悪ガキ共だと映像で言っていたのを思いだし、忍び笑いをする。


「おしめだって交換しました。身体中に落書きされ、娘共々追いかけ回したことさえあります。お仕置きとして一人残らず尻をひん剥いてひっぱたきました。まあ、この身体に保存された昔の思い出メモリーを再生しようならば銃弾ぶっ放してきますけど」


 交戦的な性格は素か、それとも戦場で育まれたものか。


 私は遺伝ではないかと読む。


 どこか似ているという感覚はあった。


 あえてどちらがどちらなの孫なのか、尋ねない。


 彼ら風に言えば答えるだけ意味がないからだ。


「うっわ~オブジェクトの周囲にイヴァリュザーがわんさか出てきたよ!」


 波動精隷の報告に正面スクリーンを見上げれば、反重力をものともせず大地を歩くイヴァリュザーの大群が映っている。


 私は決意をチップごと握りしめた。


「じゃミィビィさん、配置につきます!」


「ご武運を!」


 一礼した私はオペレーションルームの扉をくぐり抜ける。


 背後の扉が閉まる寸前、耳朶を可憐な声で揺さぶられた。


『気を付けてね!』


 振り返った時、既に扉は閉じられ、先の声が残響として耳に残る。


「……うん、そっちもね」


 彼女たちともっとおしゃべりがしたかった。


 だけど、これは今生の別れではない。


 今はただ各々の役割を全うするのみ。


 つまり、また会える機会があるのだ。


「こちら紙谷ユウミ中尉」


 決意新たに、靴音を反響させながら通路を急ぎ歩く私は無線機を取った。


「各員、第二種戦闘配備! 三分以内に格納庫に集合しなさい。遅れたら厳罰よ!」


 オルゴネイターの戦いがあるように、技術者には技術者の戦いがあるのよ!

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