第29話 初期化

「はい、なんかでかいの出たよ! ガリガリバリバリ空間削ってるよ!」


 私がオペレーションルームに駆け込んだと同時、オペレーターは緊迫の声を上げた。


 正面スクリーンを仰ぎ見れば、直線距離100キロメートル先に出現した円錐状の巨大オブジェクトが、鋭利な先端を空に突き刺してドリルのようにガリガリと空間を削っている。


 断続的に続く揺れの原因はケンカではなく、あのオブジェクトが空間を削り取る振動であった。


「オブジェクトの全高五〇〇メートル、最大幅一二〇メートル。オルゴフォートレスの全長より長くて大きい!」


 そのオブジェクトはオルゴフォートレスよりも巨大ときた。


「あのオブジェクトから反重力の放出を確認!」


「空間が削られているから、裂け目出来てる!」


「裂け目の先は黒薙島だと確認したよ!」


「空間掘削と島を包む超重力ケージが干渉して、ケージの力が弱められてる!」


 アリの巣を突いたようにオペレーターの波動隷霊から報告が飛び交った。


 掘削される空間はガラスに走る亀裂のように枝分かれを繰り返し広がっている。


「ミィビィさん、これは!」


「見たとおりですよ。あれは巨大な蛇と同じようにイヴァリュザーの集合体です」


「あ、あれが……けど今度は何を!」


 絶句のあまり私は口を開けてしまう。


「見ての通り空間を掘削しているようですが、あのオブジェクトが放出する反重力エネルギーが超重力ケージの力を弱め、外界である黒薙島にまで干渉しています。これは由々しき事態です」


 ただ私は一つの疑問を抱く。


 異界ウドナザに裂け目を作り、超重力ケージを無効化して島から外界に躍り出る――は分かる。


 広がり続ける裂け目はオブジェクトのサイズを超え、見覚えある島の風景が覗く。


 けれど場に留まり続けて地球に渡らぬ状態に疑問を覚えた。


「何って穴を掘る準備に決まっているでしょ」


 私の心の声に答えるは蛇の声。


 作戦司令室は緊張で一気に暴発寸前まで膨らみかける。


 オペレーター全員が、モニターではなく一カ所に敵意ある視線を集中させる。


 敵意の視線の先、オルゴニウムの女が背中を壁に預けて優雅に佇んでいた。


 私は自ら歩を進め、対面する形で誰何する。 


「空間に穴を掘って何を企んでいるの?」


「あら、野暮な質問ね。私の使命は知っているはずよ?」


 人類に破滅による試練を与え、進化を促し次なる段階へと至らせる。


 その進化を担うのがオルゴニウム鉱石であり、使命抱くのは壁に背中預ける女だ。


「誰もかもが分からないってマヌケで情けない顔しているわね」


『んだとババァッ!』


 オルゴニウムの女が鼻先で笑えば、波動精隷全員が声を荒ぶらせて鋭いガンを飛ばす。


 かわいい顔が台無しだと、私は口が裂けても言葉に出すことなく不快さだけ顔に出す。


「うふふ、文字通り地球を掘っているのよ」


「地球を、掘る?」


 妖艶に笑う女の企みに私は合点が行かず、警戒しか抱けない。


「答えが分からないって顔をしているわね」


 私は口元をにやつかせるオルゴニウムの女に両手を上げて降参するしかなかった。


 彼女(?)の性格を鑑みれば、自ずと語ると読んでいたからでもあるが。


「私の目的は人類に滅びと進化を促すこと。けど、異界に閉じこめられたお陰で次の世界で使命を完遂できない。ちょっと諦めかけていたんだけど、あなたのお陰で諦めないことにしたの」


「それはありがとう。なら、あの円錐は何なの? 教えてくれれば助かるんだけど?」


 口端歪める笑みから一摘みの敬意がオルゴニウムの女から感じられた。


「イヴァリュザーはあらゆる環境に適応できる高い適応性を持っているわ。けれどね、超重力ケージが生み出す超重力だけはどうしても適応できなくてね。適応する前には潰されちゃってるの」


「それで?」


「けど、あなたがでっかい玩具の力で蛇を潰してくれたお陰で、イヴァリュザーは空間を超える術をその身を持って学習した」


「そうか、それで!」


 割り込むようにミィビィが合点の行く音声を上げたことで私は気づく。


「なるほどね。環境に耐えながら適応するのではなく、環境に対応した力を使う。これもある意味、適応と言ってもいいかもしれないわね」


 進化したイヴァリュザーだからこそ、なせる手だ。


 人間に例えるなら、極寒の地で体毛を増やして適応するのではなく、防寒具やたき火など暖を取ることで対応するようなもの。


 イヴァリュザーの対応の手とは、空間に干渉することで超重力とは正反対の反重力を生み出し無効化することだ。


 ただし、今なお留まり続けて空間を掘削する意味が見えてこない。


「ただ空間の穴を掘っているってわけじゃなさそうね」


「ええ、抜け穴を掘って脱出するなんて、人間の刑務所脱獄ドラマによくある手よ。あの二人の博士は、島の空どころか地中にすら干渉するよう超重力ケージに手を加えている」


「そうなの、ミィビィさん?」


「ええ、空や地下からの脱出を阻止する手段として、超重力ケージを応用した透過型バリアを展開しています。掘り進もうにもバリアにより阻まれ、脱出を阻止しています」


 ミィビィの発声速度がやや早口なのは、状況が押し上げているからだろう。


「けど、今のイヴァリュザーなら外界への脱出を容易に実現できる」


「それならどうして掘るしかしないの? 裂け目はもう通れるサイズよ、普通にあの円錐で超重力の嵐を突破するだけでいいでしょう?」


 手間暇が掛かりすぎている。


 時間が掛かるは即ち、敵勢力――私たちに攻め込まれる隙を自らが生み出しているのと同じだ。


 ロケットのように裂け目を超えて超重力ケージを抜けていれば、攻め込まれる隙すら与えず、外界へ脱出たる目的を完遂できるはずが実行に移さない。


「あれからずっと考えていたのよ」


 オルゴニウムの女は意味深に語る。


 与えられし使命を完遂する方法を。


 どうすれば、外界の人類に滅びによる進化を与えることができるのか。


 イヴァリュザーを増やそうにも、オルゴネイターなる存在が使命の邪魔をする。


 だから、考えた。考え続けた。


 至った答えは単純なものだと語り出した。


「滅びと進化は世界を変えるもの。ならば、世界を変えればいい」


「世界、を変える?」


 私は一瞬だけ疑問で表情を曇らせるも、晴らすように両目を見開き、ミィビィと顔を見合わせていた。


「ミィビィさん、まさか!」


「恐らく、ユウミさんと同じ答えに私も行き着きました」


 たどり着いた答え、オルゴニウムの女の目的は――


「世界、いえ、地球そのものをイヴァリュザー化する気なの!」


 できるのか、という疑念が頬を伝う汗と共に流れ落ちる。


「できるわ。オルゴニウムなら、ね」


 進化を担う鉱石ならば行える確信を私は抱かされる。


「地球を一つの生命体と見立てれば、地球そのものを進化させられる。人間風に例えるならばシステムウェアの初期化みたいなものよ。オルゴニウムで地球を一度初期化、そして生命を再分配してオルゴニウムで成長進化する幾多の生命体を誕生させる」


「まるで神様気取りねって、あなたは神様じゃなくて神の使徒だったわ」


 滅びと進化のために惑星一つを初期化するなど、神の領域だ。


 いや、オルゴニウムがそのように生み出されたのならば、何一つおかしいことはない。


 ただ、今を生き、未来へと進む人類からすれば迷惑以外浮かばなかった。

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