第28話 オルゴニウムと神話の食物
「調査報告映像一五、紙谷ユウミ中尉」
私はあてがわれた個室で小型カメラのレンズと向かい合っていた。
こうして報告を映像としてまとめる回数は実に一五回目となる。
「この<黒薙島>、いえ、異界ウドナザで行われていたのは人類存亡をかけた戦争でした」
オルゴニウムなる鉱石がもたらす弊害。
慢性的なエネルギー不足を抱く人類を救う鍵は、同時に人類を異形に変貌させる禁断の果実でもあった。
「オルゴニウムを口にする、あるいは組み込まれた機器を介して電子ウィルスのように感染する、それが原因で生物はイヴァリュザーに変貌します。遺伝子レベルの変貌のため人の意志はもうなく、あるのは細胞分裂の如く生めよ、増やせよ、の生物的本能です」
神話の世界に登場した食物とよく似ている。
日本神話に出てくる
如何様な食物か、明記されていないが平たく言えばあの世で煮炊きされた食べ物である。
食べればあの世である黄泉から出られなくなると言われていた。
ギリシャ神話にも似たような話がある。
冥界の王は大地の女神にザクロの実を与えている。
四粒ほど食べた女神は、一年のうち四ヶ月は死者の国で暮らさねばならなくなった。
その四ヶ月とは作物の実らぬ冬だ。
オルゴニウムと神話の食物を照らし合わせて共通することは一つ。
<異界の食物を口にすると死者となる>
イヴァリュザーとなった人間はもう人間ではない。
人間に戻そうにも人間に戻せない。
よって死んだのも同じだ。
「人間が一度オルゴニウムを口にすれば二度と元には戻れません。ですが疑問もあります」
何故、この三〇年もの間、世界中にオルゴニウムを利用したインフラが網羅されていながら、誰一人としてイヴァリュザーに変貌していないのか。
いくら二博士の開発したオルゴ発電炉が、潤沢なエネルギーを生み出す理想的な装置であろうと、オルゴノイドによる管理運営やオルゴギアのようなフィルターには限度がある。
オルゴノイドが全てを賄う訳ではなく、中には人の手で行わねばならぬ箇もある。
何故、運営に携わる人間の誰もがオルゴニウムの魔的な魅力に誘われていないのか?
何故、ウィルスのように広がらず、外界の人間に感染、変貌していないのか?
その鍵はオルゴ発電炉やオルゴネットワークにあるのではないかと、私は一つの仮説を立てていた。
「これは仮説ですが、オルゴ発電炉とオルゴネットワークの基礎設計は二博士の合作です。前々からイヴァリュザーの危険性に気づいていた二博士は設計段階からオルゴニウムの悪影響を完全無効化するソフトウェア、あるいはハードウェアを開発していた」
やや興奮しつつある自分を戒めながら私は記録を続ける。
「ただオルゴ発電炉とオルゴネットワークの設計図は機密中の機密です。一士官である私でも幾重にも及ぶ審査をくぐり抜けなければ閲覧できません」
発電炉にオルゴギアのフィルター以上のギミックが仕込まれているとの仮説。
もっとも、箱の中の猫と同じように仮説を実証するには中身を開けて確かめるしかない。
一番手頃な機材であるオルゴギアを腹部に装着しているも、貸与されていること、異界を生き抜く生命線であることからリバースエンジニアリングに踏み込めずにいた。
「オルゴフォートレスは修理を終え、起動したオルゴライザーの調査も粗方終了しています。ですが……」
巨大なる蛇に勝利して以来、イヴァリュザーからの襲撃は何一つない。
島外の時間に換算して一週間が経過し、何一つ襲撃がないのは異常だとミィビィは語っていた。
増殖により戦力となる数を増やし続けているのか。
あるいは起動した新兵器に警戒を重ね、情報収集に徹底しているのか、真偽は不明だ。
「オルゴライザー起動によりイヴァリュザー殲滅と島外への脱出に目処が立ちました。今現在、オルゴフォートレス内ではその準備に誰もが追われています。中でもオルゴネイター二人はオルゴカイザーの操縦を物とするためシミュレートに勤しんでいるところです」
ただ一つだけ懸念があった。
もし、も、もしもの話だ。
異界巣くうイヴァリュザーを殲滅し終えたとして、オルゴフォートレスの面々は今後どうするのだろうか?
統合軍ですら勝てぬイヴァリュザーを倒し続けてきた勢力は無視などされない。
平和を脅かす脅威と判断するか、もしくは統合軍に取り込まれるのか。
オルゴネイター二人の性格を鑑みれば、取り込まれて束縛されるのを嫌えば、脅威と判断されるなり、今度は島の外だと狂乱歓喜で統合軍を愉快軽快に叩き潰すはずだ。
加えて、オルゴフォートレスそのものが草薙博士と黒部博士の共同開発であるのは、ほぼ間違いない。
ツインリアクター搭載のオルゴライザー。
空間操作を有する要塞オルゴフォートレス。
意志を持つオルゴノイド。
生命維持装置であり超人の鍵となるオルゴギア。
超人へ開花させる波動精隷。
統合軍からすれば喉から手が出るほどであり、理由をつけて接収せんと動くならば武力衝突は避けられないだろう。
「今度は人類VSオルゴネイターの戦争になる……」
発言を最後にカメラの停止ボタンを押した私は天井を見上げながら漠然と呟いた。
何より気がかりなのは蛇と呼ぶオルゴニウムの女だ。
人類に滅びによる淘汰と進化を与える使命を諦めないと言った。
諦めぬ故に、如何なる行動を次に起こすのか、気がかりだ。
「滅びの試練を与え、次なる段階へと進化を促すもの、か」
もし二博士がオルゴニウムの危険性に気づいていなければ、世界は今頃、異界側の裂け目より浸食を繰り返すイヴァリュザーと種を賭けた戦争が勃発していただろう。
「なんか、随分と遠い場所まで来ちゃったな」
私はイスの背もたれに身体を預ければ、力なく両手を垂れさせる。
最初は外界から隔絶された島内の調査と第一次調査隊の救出任務。
それが今、異界において、種の淘汰と進化を賭けた渦中にいる。
無論、軍人の職務とは、己が所属する勢力の人命と財産を守ることだ。
技術士官であろうと職務に変化はない。
前線で戦う兵たちが生きて帰還するため、兵器類を万全に整えるのが私たち技術者の任務だ。
平和のために殺すな、など叫ぶ者は境界線の重さと、戦場での軽さを知らぬ傲岸無知だ。
「よし、っととと――今度は何よ!」
顔を引き締めて椅子から立ち上がろうとした私に、またしても揺れが襲ってきた。
今度は一度や二度ではない。
絶え間なく断続的に――考えられる事態は一つだけ。
「またあの二人のケンカ!」
今度の原因はなによ?
お菓子か?
端末に保存された動画リストの再生を巡ってか?
端から見てしょうもない理由だろうと、彼らにすれば譲れぬものなのは理解していた。
一応は。
そう、一応は――うん、一応はね!
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