第26話 嵐の置き土産
私はふと一つの疑問を抱く。
「あれ……どうして、この三〇年の間、地球側にイヴァリュザーが誕生しなかったの?」
映像を考察する限り、視覚か、嗅覚か、オルゴニウムには口へと含ませんとする魅惑的な効果が備わっているようだ。
何より恐ろしいのは進化を促す鉱石だからこそ、食せずとも進化に至る事実。
データを閲覧するに接続機器を介して生物に量子レベルでイヴァリュザーへと進化を促す効果が認められている。
では何故、オルゴギアを身に着ける私たちが未だイヴァリュザー化していないのか?
それはオルゴギアには量子フィルターを用いて人体に有害なイヴァリュザー要素を極限まで遮断し、有益なエネルギーだけを抽出するシステムが組み込まれているからだ。
後で知ったことだけど、第二次調査隊で私たち五名が生き残れたのは、コウが端末に潜むイヴァリュザーの変貌因子を電子操作で焼き殺したこと、私がハッキング阻止として実弾でその端末を物理破壊したことの偶然が重なった結果であった。
第二次調査隊の隊長を筆頭とした隊員たちは、第一次調査隊の生き残りから感染、無自覚のままイヴァリュザーに変貌しかけるも、オルゴネイター二人の強襲により人間のまま生を終えていた。
だからこそ疑問を拭いきれない。
「発電炉なんて世界各地にあるのに……」
オルゴギアの開発者である草薙博士と黒部博士が危険性を熟知していないはずがない。
「つまりオルゴギアみたいに進化を無効化するシステムが組み込まれていたと考えるのが妥当か」
私は腕時計型端末を取り出せば、閲覧可能な研究データを呼び出した。
軍隊もさることながら組織というのは立場によりデータベースへのアクセス制限がある。
民間企業で正規、非正規問わず、社員が顧客の情報を持ち出し、第三者に高値で売りさばくことなど珍しくない。
士官であろうと中尉であるため、アクセス制限があるのは避けられなかった。
探し出したのはオルゴ発電炉とオルゴネットワークの設計データだ。
外部との通信は断絶されているが、項目を探すことだけはできた。
「発電炉とネットワークの基礎設計は二人の手によるもの。運用マニュアルや制御プログラムだって二人の共同よ……あ~やっぱりダメか」
私はただ無念を口から零す。
ハード・ソフト共に根幹を閲覧するには将官クラスでなければならない。
中尉の私が閲覧するには将官クラスの認証が必要ときた。
「普通は通らないわよね」
二人の博士が平和利用を提唱したからこそ、国連はその意見を尊重している。
もっとも慢性的なエネルギー不足と大敗により、博士たちが提示した条件を各国が飲むしかなかった、が正解だろう。
今日ではオルゴニウムを発電に利用したシステムは民間、軍事関わらず欠かせぬインフラとして運用されている。
だからこそ、イヴァリュザー化へと至らせるオルゴニウムの危険性を解こうと誰も手離さないだろう。
「これは……」
ふと目についたのは、博士たちが構築したオルゴ発電炉の運用マニュアルだった。
オルゴニウムは膨大なエネルギーを秘めているが故に、その取り扱いは採掘に始まり、運搬から炉への装入、運用、備蓄管理まで一切合切、人の手ではなくオルゴノイドの手で行うよう厳命されている。
仮に危険物や採掘に関わる資格を持っていようと、生身の人間ではなくオルゴノイドで代理作業をするよう国際法として定められていた。
もし人間の手でオルゴニウムを直に扱おうとするならば、管理オルゴノイドが制止に入る、あるいは炉に組み込まれた制御システムが強制凍結させるなど徹底していた。
その徹底ぶりに一つの確信を私は抱く。
「異界ウドナザの存在を隠すために採掘をオルゴノイドに任せて徹底していたのね」
作戦前に閲覧した資料には、当時の採掘状況が記されていたのを思い出す。
落盤事故やガス事故回避のため、オルゴノイドに代行させると資料には記されているが、イヴァリュザーの存在を知った今、建前による真実の隠蔽だと理解する。
「もしかして、三〇年前の戦争で戦死者よりも行方不明者が多かった原因って……」
私の中で過去たる出来事の点と点が、現在の情報により線で繋がり合う。
軍事関係者よりも多い行方不明者。
オルゴ発電炉のある地区を重点的に占領してきた黒部博士。
三〇年前の行方不明者とイヴァリュザーの関連性。
導き出される結論はただ一つしかない。
「何らかの原因――十中八九、蛇女の、オルゴニウムの囁きでしょうね。オルゴ発電炉稼働に携わった者たちが蛇の囁きによりイヴァリュザー化した。この事実に気づいた黒部博士は、草薙博士と裏で組んで世界征服を建前に各地を占領、表に出すことなくオルゴノイドで殲滅を繰り返した」
ここで一つの仮説が私の中で組み上がる。
黒部博士は、ロボット軍団を率いてイヴァリュザーを殲滅させながら蛇女を<黒薙島>へと追い詰め、草薙博士は善を騙りながら、撃ち漏らしたイヴァリュザーを人知れず自らのロボット軍団で殲滅させていた。
島に追い詰めたイヴァリュザーを蛇女諸共、異界ウドナザに押し込み、超重力ケージで封じ込める。
オルゴニウムを求めるイヴァリュザーの特性を鑑みれば、絶海の孤島と異界を合わせれば、絶好の寄せ餌であり監獄だ。
そのように考えれば全ての辻褄が違和感なく合う。
唯一の誤算があるとすれば島に侵入した統合軍部隊が、裂け目より現れたオルゴニウムでイヴァリュザー化したことだろう。
「まあ、ともあれ、この三〇年の間、外の世界にイヴァリュザーが現れなかった謎はひとまず解けた……仮説だけど」
ともあれ気を取り直した私は腕時計型端末とコンソールを有線接続する。
本来の目的が調査任務だからこそ、三〇年前の上陸部隊がイヴァリュザーに変貌した動画を証拠としてデータコピーするためだ。
当然、事後承諾だがミィビィならば仕事として了承してくれるだろう。
「異界ウドナザから脱出する目処も立った」
結果としてオルゴライザーの起動に成功した。
ただし、開発者は何を考えて、とんちんかんな起動方法にしたのか頭が痛い。
「あやとりでもただ結ぶでもない。雁字搦めにしたら起動するって、ゴルディアスの結び目の逆パターンにかけているのかしら?」
ゴルディアスの結び目とは、牛車に結ばれた頑丈な紐を解いた者は王になるとの伝説であり故事である。
何人たりとも解けなかった結び目は、とある王が剣の一刀両断で解いてしまう。
手に負えない難問を誰も思いつかなかった大胆な方法で解決するメタファーとして、ゴルディアスの結び目と呼ばれるようになった。
オルゴライザーの起動法はこのメタファーに近い。
まさか不動要塞が巨神に変形するキーと連動していたのは大穴すぎる。
考え込んでいるうちにデータコピーは完了した。
「誰も雁字搦めにすれば起動するなんて思わないわよね。普通」
悪戯心がすぎるわよ。
私は眉根を寄せながら腕時計型端末の有線接続を解除した。
かのような起動方法をとった理由は、秘密兵器として、ここぞの瞬間が来るまで隠匿するためか、それともただ単に秘密兵器だからこその遊び心か。
技術者の視点として私は後者だろうと考察する。
「ガチガチの思考は閃きの枷となる。だから遊び心を残して、閃きを誘発させる」
肩こりは全身の血行を悪くする。
悪くなれば、頭痛や倦怠感などの症状が現れるのと同じだ。
「ん? 通信?」
動画の影に隠れて通信コールを見逃していた。
コンソールをタッチすれば、正面モニターにミィビィの顔が移り込む。
表情は変わらぬ機械の顔だが、どこか怒っているのがモニター越しに伝わってくる。
『ようやく出ましたか。このまま出なかったらコクピットハッチ前で殺気だった整備班と物資管理斑の子たちがヒートトーチを手に乗り込んでましたよ』
つまりはハッチを溶断してまで突撃すると。
サブカメラで外部映像を取得してみれば、ライザー周囲に可憐な顔を怒りに染めた波動精隷たちが集っている。
誰もが工具を手に可憐な顔が出しなしになるほどかなり殺気立っていた。
あの子たちの唇の動きからして口々に呪詛を出している様子
で、私は集音マイクを起動する勇気がなかった。
「……それは失礼。草薙博士と黒部博士の映像が再生されていたの」
『詳細は後でお聞きしますしあの子たちは下がらせますから、とりあえず、コクピットから出る前にこれを見てください』
怒り心頭の理由は別ウィンドウで展開される映像が物語っていた。
流れるのは各区画の現状――否、惨状である。
カイザーが竜巻のように大回転したことで生じた弊害。
嵐の回転により区画にある機材全てが荒らされたような非道い有様であった。
「ごめんちゃい」
私は年甲斐もなく片目ウィンクに舌を出して謝った。
『年齢考えなさい』
異界の時間が静止していようと、辛辣な電子音声は止まらない。
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