第25話 三〇年前の真実

 今から自動再生されるのは三〇年前の映像であった。


 場所は<黒薙島>、超重力ケージ出現間近。


 統合軍特殊部隊が島へと上陸を果たした瞬間である。


 上陸を果たした特殊部隊の目的は研究施設にいる黒部博士の拘束及び研究成果の回収。


 警備用オルゴノイドが敷く幾重もの防衛網を潜り抜ける部隊は、確かな実力者だ。


 出立前に閲覧した記録によれば、彼の部隊が島内部への侵入口としたのは物資搬入口。


 入念な調査を重ねて発見された隠し口だ。


 部隊の誰もが歯車の如く足並みを揃え、周囲を警戒しながら進行する。


 ふと、最後尾の隊員が金属壁に走る亀裂に警戒と銃口を向けた。


 亀裂の隙間より転がり落ちるは一つの鉱石。


 隊員はいぶかしむ様子もなく、鉱石を拾い上げている。


 まるで魅了されたかのように瞳から焦点が失せ、あろうことかリンゴのように鉱石に歯をたてていた。


 ただの鉱石ならば歯は欠けるはずが、本当のリンゴのように胃の中に収めていく。


 事態の変化に気づいたのは別の隊員。


 鉱石を食した隊員が七色の光に包まれ、白き異形へと変貌していた。


「やっぱりね」


 映像より語られる真実に私は嘆息すらしない。


 ならば、今まで戦ってきたイヴァリュザーの正体は、三〇年前に閉じこめられた上陸部隊あるいは第一次調査隊のなれの果てとなる。


 いや、もしかしたら、この異界に住まう原生生物も混じっているかもしれない。


「反転した桃源郷、ウドナザ、そういう意味だったのね」


 この異界はイヴァリュザーに侵略されたのではない。


 オルゴニウムで変貌した種により駆逐された。


 では如何にして駆逐されたのか、次なる映像に答えはあった。


 イヴァリュザーとなった隊員は胸部をハッチのように開き、鉱石を取り出した。


 鋭き爪で襲わず、おっそわけのように鉱石を目にも止まらぬ速さで全隊員の口内に押し込んでいく。


 全員が変貌するのに一分も懸からず、映像は吹き荒れる嵐と雷で終わりを迎えていた。


 切り替わるように黒部博士がモニターに移り込む。


『これが進化なぞ、わしは断じて認めん! 進化とはなっが~い歳月にて起こる変化! ぬあああにが鉱石喰えばピッカ~ンと変身じゃ! わしらは鉱石を装填して超人に変身するギアをバシーンと完成させとるわ!』


 怒り心頭であることが映像からヒシヒシと伝わってきた。


 左右のサブモニターに流れるのはイヴァリュザーの詳細データである。

 私の目に留まるのはそのスペック値だ。


 発見当時のイヴァリュザーはオルゴノイドで対処できるレベルであったが、現時点で存在するイヴァリュザーは太刀打ちできぬレベルにまで成長進化を重ねている。


「生身の人間がオルゴニウムを食べれば、遺伝子レベルで変異しイヴァリュザーとなるか」


 何より恐ろしいのは、成長進化することでも、我が身を細胞分裂のようにただ増殖するのではない。


 体内に抱くオルゴニウムを自己生産し自己消費するサイクルが出来上がっていること。


 更にはオルゴニウムをイヴァリュザーが摂取すればパワーアップする。


 開示データには北側枯渇の原因は、オルゴネイター打倒と超重力ケージの発生源であるオルゴフォートレス破壊、そして地下に眠る裂け目を通じて地球に渡るための力として、イヴァリュザーがオルゴニウムを貪り尽くしたことだと記載されていた。


 つまるところ要塞の地下にオルゴニウムの鉱床があるなんて真っ赤な嘘だったわけである。


 思うことはあるけど、どうせ教えるだけ面倒なのだろう。


 嘘とデータ、現状どちらが重要か、私は開示データを注視した。


「これはもう一種の永久機関よ」


 結論は個体レベル限定の永久機関。


 異界北部のオルゴニウムが枯渇しようと、イヴァリュザーが活動できる謎が解けた。


 仮に異界全土からオルゴニウムを食い尽くしたとしても、イヴァリュザーは自ら生産できるため枯渇による死を怯える心配はない。


 それどころか生産したオルゴニウムを他に振り分けることすら行える。


 人気取りの政治家が知れば、イヴァリュザーの畜産牧場を作ると提唱しそうだ。


 イヴァリュザーの正体をひた隠しにして。


「自己生産、自己消費で完結しない辺りが完成されているわ」


 確かに進化した種なのは間違いないも振り分け方が問題だ。


「人間をイヴァリュザーとするために自己生産したオルゴニウムを振り分けるか」


 本当に外来生物だ。


 種として子孫を残すために強靱な生命力で在来生物を駆逐し、生態系を塗り替える。


 イヴァリュザーの増え方は、それはあたかも外来種のセイヨウタンポポが在来種のニホンタンポポと交配することで勢力圏を増やしていく方法に近い。


 塗り替えに人間のような恨み辛みはない。


 ただ種として子孫を残し生きるためだ。


「まさに悪意なき悪意ね」


 善意であるほど悪意に近いものはない。


 よかろうと思って行動を起こそうと、自分の善意は他人に渡れば悪意に変換される。


 小さな親切、大きな迷惑とはいったものだ。


「確かに全人類がイヴァリュザー化すれば人間である故の問題全てが解決されるわ」


 あらゆる栄養素をオルゴニウムの自己生産、自己消費で賄える。


 よって食料を生産する必要性がない。


 睡眠や負傷もまたオルゴニウムにより無いに等しくなる。


 下手をすれば老いですら。


 肉体は劣悪な環境すら適応する。


 人類が奪い奪い合う繰り返す戦争を、イヴァリュザーならば奪い合うことも殺し合う必要もない。


 イヴァリュザーならば誰もが飢えることもない平和な理想郷が出来上がる。


「けどね」


 絵に描いたことが現実になると理解しても納得はできない。


 何より人間……いえ種の進化系ならば、生物として決定的なものが欠落しているではないか。


「イヴァリュザーに人としての意志はあるの?」


 意志疎通ではなく武力行使がその答え。


 同じ人間でさえ相互理解が難しいというのに、異種となった元人間は相互理解どころか意志疎通すら行おうとしない。


 その行動は外来種とまったく同じだ。


 在来種である人間を駆逐及び同種として変異させる。


 人間と異なる種だからこそ、人間の倫理、法律は一切通用しない。


 適用する必要がない。


 守る理由がない。


「さて、これからどうしましょう?」


 開示データを閲覧し終えた私はあごに手を当て黙考する。


 仮に異界ウドナザにいるイヴァリュザーを全滅させても、島外には各所にオルゴニウムが備蓄されている。


 第二、第三のイヴァリュザーが誕生することになるが、ふと一つの疑問を抱く。


「あれ……どうして、この三〇年の間、地球にイヴァリュザーが誕生しなかったの?」

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