第24話 無窮に座する者。天なる頂きへと担う者
「ん~そうね、蛇に勝ったご褒美に教えてあげてもいいかしらね?」
勝利報酬だと、女は口端を歪めて答えれば、全身の輪郭を歪ませた。
「我は無窮に座する者。天なる頂きへと担う者」
女の輪郭が歪む。
全身を包む衣服より虹色の光――オルゴニウム特有の燐光が漏れ出した。
私は衣服を晒し胸部を曝け出す女に息を呑み、瞠目する。
露わとなったのは下着や乳房ではなく、淡き虹色に輝く鉱石だ。
「止まった古き種に進化を促す身であり、先へと囁き試す蛇でもある」
だから二博士やオルゴネイターは女を蛇と呼び敵視していた。
鉱石は紛れもなくオルゴニウム……女の顔以外は淡き虹色の輝きが人の形を構成している。
「あるいは禁断の実、あるいは知恵、あるいは神々の飲み物。この世界ウドナザで言えば、そう、地球人がつけた名――オルゴニウムと名乗りましょう」
私は跳ね上がる心拍数の中、連動して構えた銃が揺れるのを自覚するなり、女から目線逸らさず構え直す。
「オルゴニウムとは古き種に滅びの試練を与え、次なる段階へと進化を促すもの」
「し、進化、ですって!」
「そう、進化。魚には陸に上がって欲しい。トカゲには氷河期を生き抜いて欲しい。鳥には空より高い宇宙を飛んで欲しい。猿にはより良き知恵を身につけて欲しい。実体のない精霊には肉体を持って欲しい。破滅による淘汰を生き抜き、次なる種として成長進化を促す役目を与えられし存在――それが、わ・た・し」
一通り説明した女は思い出すように素っ気なく言う。
「ああ、そうそう。なんでそんなことするのか、なんて質問、野暮だからやめてよね。私は種に滅びと進化を促すものとして、そう産み出されただけだから、そうするだけなのよ。この人の姿だって人間という種とコミュニケーションをとりやすくするための便宜上の姿なんだから」
端的だけど、プログラム通りに従い動くシステムのようだと私は思った。
何より誰に産み出されたとの疑問、一つだけ該当するカテゴリーがある。
「まるで神の使徒気取りね」
「まあ、人間という種の宗教観に当てはめれば、私はそうなるの――かしらね?」
いまいち合点が行かぬのか、女は首を傾げている。
けれど、過去に世界で起こった気象変動などの出来事を進化論による淘汰圧だと当てはめれば辻褄があってしまう。
化石燃料の突然の枯渇。
核融合炉、核分裂炉共に原因不明の停止。
地球全土を覆う氷河期の襲来。
電子機器を狂わせるオーロラ。
そして、慢性的なエネルギー不足により起こる奪い合う戦争。
この戦争を停戦へと導き、世界が一つとなるきっかけは――波動鉱石オルゴニウムだ。
「けど、誤算の誤算。大誤算」
女は演技臭いため息を吐く。
「ケチの始まりは、裂け目よりこの世界に現れた人間二人。地球で広めるのにちょうどいい人間かと思ったら二人の干渉のお陰で、精霊は中途半端に肉体を得るだけで進化を止められた。この世界も向こうの世界も本来ならオルゴニウムにて淘汰による試練を乗り越え、更なる進化した種に至ったはず、なのだけれど、進化を拒否した愚か者どもが、あれこれ潰し回って島まで追い込んでは、この世界に私を閉じ込める。これじゃ産まれた意味がないじゃないの、使命を果たせないじゃないの」
「産まれなんて関係ない。これからどう生きるか、自分で考え動き、勝ち取るものよ!」
私はオルゴニウムと名乗る女が、出自と使命に縛られた哀れな存在だと思った。
確かに生まれは人を縛る。
使命は他の選択肢を潰しかねない。
努力で変えられるとしても裏を返せば変えられぬこともままあった。
金がない。学がない。才能がない。
ないばかりに先へと進めず、断念するしかない。
学生時代、金がないばかりに進学を断念せねばならぬ者を見た。
統合軍入隊試験当時、体力が足りないばかりに、判断力がないばかりに、入隊すら叶わぬ者を見た。
「勝ち取れなかったから?」
「諦めないことよ!」
諦めたら全てが終わる。
諦めず、目標へと向かって進み続ければ道はいつか必ず開く。
できぬからと諦めては叶う夢すら叶わない。
ただ、ただ自分とこの世を呪うだけの道が残るだけだ。
「あなた、力なんて持たないのに強いのね」
「いえ、外にいる二人のほうが強いわよ」
「そう、なら私も諦めないことにしますか」
覚悟を抱くように頷いた女は、身体を粒子状に霧散させてコクピットから消える。
「また何かしでかすみたいね。今度はカイザーよりでかい巨人でも出す気かしら?」
警戒心を薄れさせることなく私は拳銃に安全装置をかけながらホルスターに戻す。
女のせいで流れ出た冷や汗がロボット操縦の興奮にて火照った身体を冷ましてしまった。
「オルゴニウムが人類に淘汰の試練を与え、種の進化を促すか……」
ならば乾電池のような消耗品として使われ続けるのは、生まれを否定されるも同然だ。
ではオルゴニウムで進化した種とは――
「まあ、十中八九、イヴァリュザーでしょうね」
タカヤとコウが話題から逸らそうとする言動に何となく確信はあった。
ただ確証がなかっただけだ。
教えなかったのは、単に彼ら二人の性格を鑑みれば、教えるのが面倒臭い、教えてもどうにかできる力もないと、意地悪なだけだろう。
ふと正面モニターに映像が自動再生される。
場所は<黒薙島>
日付は三〇年前、時間は超重力ケージ出現間近。
統合軍特殊部隊が島へと上陸を果たした瞬間の映像であった。
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