第23話 貧弱な知恵にて軟弱な種は無敵不倒を討つ
ソフトシェルクラブって知ってる?
脱皮直後の柔らかな殻を持つカニの呼び名で、そのまま唐揚げにすれば殻ごとバリバリ食べられるの。
カニは甲殻類の名の通り、硬いカルシウムの外骨格に覆われているわ。
けれどね、脱皮したての殻は柔く、硬化するまで時間を有するの。
既存種の蛇を模倣したあの蛇とて同じ。
あらゆる脱皮する生物は脱皮した直後が一番弱体化する。
それは異界でも変わりない。
「誕生したての組織は脆い! そんな脆い組織で外的衝撃を強かに受けたらどうなるでしょうね!」
私はコンソールに網羅されたあらゆるスイッチをタッチ。
今から使う兵装は強力が故に幾重にもロックがかけられているからだ。
一癖どころか百癖ある開発者のことだ。
格闘ゲームみたいなコマンド入力かと警戒したが杞憂だった。
オールロック解除と同時にカイザーの胸部装甲が展開する。
Tの字形をしたプレートが露わとなり、オルゴンの光が目映く集わせる。
コクピットに鎮座する私の前に銃型トリガーがコンソール下から現れた。
同時に正面モニターにはターゲットマーカーが表示され、身を喰らう蛇にターゲッティングされる。
「オルゴファイナルブラスト!」
モニターに表示された文字を私は叫ぶように読み上げトリガーを引き絞る。
カイザーのオルゴ重力反応炉とライザーのツインリアクターの規格外なエネルギーによりけた違いな威力を誇るこの一撃!
カイザーの胸部より収束されたオルゴンエネルギーが極太の光線として放たれた。
「バカね」
女の嘲笑する声が今一度、耳朶を揺する。
「バカはそっちよ!」
私は動じることなくドヤ顔で言い返す。
女が何を嘲いたいか分かる。
拘束に拘束を重ねて脱皮を封じようと、今放った光線で無駄となるからだ。
現に光線照射は古き皮とステープラーを焼失させ、新たな皮が生まれ出る手助けをしていた。
「私の目的は蛇を焼くことじゃない! 蛇を押し潰すことよ!」
パネル操作で極太光線の照射出力を徐々に上げる。
蛇は身をくねらせながら光線を耐え凌いでいる。
「ミィビィさん、制御をお願いします!」
『ぶっつけ本番でやるなんて、こんな使い方、開示されたマニュアルにないですよ!』
「問題ないなら問題ないです!」
叫ぶように返した私はサブモニターに展開されるシステムに目を走らせる。
空間固定システム出力安定、裂け目固定維持継続。空間座標、ターゲッティング――よし!
「空間剪定システム起動!」
蛇周囲の空間剪定を開始した。
「ま・さ・か!」
女が絶句しようと私は口元を引き締め、何一つ返さない。
四方の空間が刈り取られ蛇を閉じこめる檻となる。
前方から照射され続けるビームもあってか、脱出を容易とせず、秒刻みで空間の檻は膨張して蛇を締め上げていた。
「くっ、照射が!」
空間剪定にオルゴエネルギーを回し続けたからこそ、ビーム照射は衰退を招く。
無尽蔵にエネルギーを生み出すリアクターがあろうと生成量は膨大でも無限ではない故だ。
消費が生産を上回れば、ビーム照射の出力が落ちるのは当然の流れ。
蛇はこれを好機として巨体の身を削りて空間の檻から脱出を計ってきた。
再生した頭部が檻から顔を出し、誇るように舌を動かしている。
「「任せろ、オルゴマキシマムフルチャージ!」」
タカヤとコウの叫びが重なり、カイザーの装甲上を雷と嵐が駆け抜ける。
可憐な歌声のユニゾンが力押しとなり、二人の全身からオルゴエネルギーが爆裂した。
「テンペスト――」
「ヴォルティック――」
身に纏う嵐と雷を推進源に、二人は流星となる。
歌は更なる高まりと重なりを見せ、タカヤとコウは強かな飛び蹴りを蛇の頭部に喰らわせた。
「「バスタああああああああああああああああっ!」」
暴風と雷鳴が轟き、天と地の差もある巨大質量物体の蛇を空間の檻に蹴り戻した。
「潰れなさい!」
蛇の全身が檻に再収用されたと同時、私はパネルを弾いて空間圧縮を開始する。
空間の檻は狭まり、ついに蛇の巨体は完全密封された。
「これで――終わりよ!」
蛇は脱出不能の閉鎖空間に押し込まれたと知る。
即座に身を翻して帰還しようとするも、狭まる空間が巨躯全てを掴んで逃がさない。
脱皮したての皮は容赦なく空間に押し潰される。
即座に脱皮による再生を行おうにも、空間圧縮による破壊が再生を上回り続ける。
もがけばもがくほど破壊に囚われ、抵抗どころか逃げ出すことさえ叶わない。
蛇は巨躯を潰されながら自問する。
無敵不倒の存在が何故、進化を拒む軟弱な種と貧弱な知恵に負けねばならぬのか。
この姿形こそ、種の、しん、か――
そこから先は考えることさえできなかった。
塵一つ残さず蛇は空間圧縮により消失したからだ。
『蛇の反応、完全消失を確認しました』
ミィビィの抑揚のない音声が通信でユウミの耳朶に届けられる。
「そ、そう……」
勝利にて緊張の糸が切れた私はシートに脱力した身を沈み込ませる。
汗が頬を伝って胸の落ち、谷間に流れ落ちた。
喉が渇く。コップ一杯でもいい。水が欲しい。
「か、勝った、のね……」
今の私には夢にまで見たロボットを実際に操縦した感動も歓喜もなかった。
抱くのは勝利という達成感ただ一つ。
まさか要塞が巨大ロボットとなり、特撮映番組さながらの戦闘を繰り広げるとは思いもしなかった。
「この島というか、異界、大丈夫かしら?」
メインモニターに映る大地はグランドキャニオン顔負けの険しい景色に様変わり。
蛇にて生じた大地の裂け目に目を凝らせば、奥底にオルゴニウムらしき鉱床が覗き見えた。
「うわ~って――うっ!」
眠れるオルゴニウムに魅了された瞬間、静電気のような衝撃が腹部から全身を駆け巡り、私は我を取り戻す。
「そ、そうよ、ふ、二人とも、無事?」
私はすぐさま通信でタカヤとコウに呼びかけていた。
カイザーの左肩に生体反応あり。
あぐらをかいて座り込む少年二人の表情は疲労ではなく、ひどい不機嫌面ときた。
『おう、なんとかな。けどよ、不動要塞が変形するなんて微塵も聞いてないぞ』
『お約束の流れなら、普通はオルゴライザーが来るんじゃないの?』
「二人の博士が再生映像で言っていたわ。このカイザーは悪ガキ二人どころかミィビィさんにすら教えていない秘密中の秘密兵器だって」
「「あんのクソジジイ!」」
少年二人は揃って怒気を込めて悪態ついた。
悪態つく反応に、私は一つの事実を薄々と感じていた。
この二人はやはり――その思索を打ち切るのはあの女だ。
「本当にクソジジイだわ」
左操縦席から、いらつきを乗せた女の呆れ声がする。
私は散々聞いた声に心乱すことなく、腰元のホルスターから拳銃を抜き取り、銃口を向けていた。
「異界にはプライバシーって概念がないのかしらね?」
銃弾の通じぬ相手だが言葉の通じる相手。
私が女に銃口を向けたのは女の敵であると明確に示すためだ。
「さて、あなたは何者なの?」
私は鋭利な声音で誰何する。
フォログラムでどこにでも現れる人間の形をした人外だけは理解していた。
「ん~そうね、蛇に勝ったご褒美に教えてあげてもいいかしらね?」
勝利報酬だと、女は口端を歪めて答えれば、全身の輪郭を歪ませた。
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