第21話 血を吐き続けるマラソン
蛇の口内に打ち込んだ巨神の五指を私は開く。
『五連フィンガー砲、フルバースト!』
五つの砲口より放たれし光線は蛇の後頭部を貫いた。
鱗を纏わぬ内部だからこそ、五つの光線は後頭部を貫き、蛇に声なき絶叫を与えていた。
「ちぃ、蛇を潰すには頭からというが、こいつまだ動くぞ!」
「やっぱり、あの胸の奴を破壊しないとダメってことか!」
蛇は後頭部に焼け爛れた貫通痕を抱こうと、一鳴きしただけで体勢を立て直していた。
タカヤやコウよりもこのカイザーを驚異と判断したのか、長い体躯で大地を削りながら旋回する。
巨体であること、私がオルゴネイターではないことが、カイザーの動作に遅滞を生じさせる。
「巻き付かれた!」
「やることなすこと蛇だよ!」
対して蛇は巨体に似合わぬ素早い動作で、竜巻のようにカイザーに巻き付いていた。
全身を使って巨神を締め上げ、舌を眼前で鳴らす。
チェックメイトだと、正面モニターに映る蛇の目は嘲笑う。
そのまま巨神より金属が噛み合う不吉な音が響き出した。
「おい、ユウミ!」
「こいつ、僕たちを無視か!」
関節部まで締め付けられたカイザーは動けない。
タカヤとコウが蛇に嵐や雷を放つも、鱗が剥がれようと絞め殺すのを止めないでいる。
私は巨神のダメージチェック――オールグリーン。
締め付けられようと、装甲に亀裂どころか凹みもない。
「ふん、巻き付けばいいと思っているの!」
私は息巻きながらコンソールをタッチ!
カイザーの全身よりオーラが立ち昇り始めた。
オーラの異常さに勘づいた蛇は全身の鱗でカイザーを削り取る行動に出る。
接触の火花が飛び散り、耳をつんざく不協和音が大地に染み渡るも装甲は破片一つ飛び散らない。
「オルゴリアクター出力最大!」
巨神の全身を駆け巡る蛇の巨体は唐突に停止される。
火花は潰え、巨神と蛇の間に虹色の光が溢れ出した。
全身を包み込む光の正体はオルゴニウムの光。
光は全身包むバリアとして蛇との接触を拒む。
なお駆け巡らんとする蛇だけど、鱗一枚すら巨神の装甲に届かせられずにいた。
「しつこい奴は札束持っていても嫌いなのよ!」
拘束より解かれた巨神の左腕が動き、その手が蛇の首を掴む。
あまりの握力に蛇は舌先を飛び出させるだけで、引き剥がさせぬと締め付けを執念で強化して抵抗する。
ならさっさと離れなかったこと、後悔しなさい!
「オルゴフルヴォルトウェーブ!」
私の叫びを音声入力システムが把握、カイザーの両肩、両脚部装甲の一部が展開、コの字をした電極が顔を出す。
青白いプラズマの煌めきが蛇の全身に伝播した。
「なんちゅう放電だ!」
「僕のより凄いかも!」
目を焼かんばかりの目映い雷光にタカヤとコウが言葉を失いかけている。
電撃に焼かれた蛇は、全身より黒き煙を立ち上らせながら巨神より落ち、大地を揺らす。
当然、動かなくなっても攻撃を止めないのがオルゴネイターだ。
倍返しならぬ乗返しだ!
と言わんばかり一気呵成に攻めまくる。
「サイクロンバンカー!」
「ライトニングバンカー!」
倒れ伏す蛇の胸部に飛び込んだタカヤとコウは右手の平に荒ぶる一撃を込める。
杭の形になるまで圧縮に圧縮を重ねた嵐と雷のエネルギー。
掌底を叩き込むように迸るエネルギーを白熱化する胸部に撃ち込んだ。
蛇の胸部に亀裂が爆音と共に走る。
「だから無駄なのに」
蛇の胸部が完全に砕け散る寸前、女の声が私の鼓膜を不快に揺らす。
蛇は全身を震えさせれば、空気を破砕せんばかりに吼える。
鼻の先端に亀裂が生じたのは変化の合図だった。
「こいつ、まさか!」
「また脱皮した!」
蛇は損傷した部位を皮ごと脱ぎ捨て、新たな身体を露わとした。
今度は二周りも大きくなり、後頭部の貫通痕や剥がされ続けた鱗が一つもない無傷の姿を見せつけている。
「血を吐き続けるマラソンって知っているかしら?」
戦局は振り出しに戻ったことに私は歯噛みする。
そんな中、女は失笑しながら言う。
「力を力で討つならば当然、それ以上の力で討ちに来る」
強大な力は更なる強大な力の呼び水となる。
似たような事例は過去にあった。
冷戦と呼ぶかって世界で起こった国家同士の対立。
戦火を交えぬ代わりとして互いに武力を誇示し合うことで戦争を抑止し合うという冷たい戦争。
撃てば撃たれる。
よって互いに牽制し合い対立しようと衝突は回避する。
対立を維持しつつも万が一の開戦に備えて、強力な兵器を生み出さんとする。
当然のこと、対抗するために生み出されたからこそ、越えた力が生み出され、その力を越えるための力がまた。
さながら延々と回転車を走り続けるペットだ。
始まりはあろうと終わりはない。
終わらせなどしない。
互いが歩み寄り、互いが捨てない限り終わりはない。
互いを滅ぼそうと互いに滅びることなく連綿と続いていく。
けどね――それがどうしたのよ!
『二人とも攻撃を続けて!』
私は一切、女の声に動じなかった。
それは如何なる攻撃でも下がらぬ砕けぬ巨神の存在があるからだ。
それは巨神の中にも、外にも頼もしい仲間の存在があるからだ。
「けどよ、ユウミ、これじゃキリないぞ」
「何かあるの?」
私は素早くコンソールに指を走らせ、音声ではなく電文を二人の端末に送信した。
「へ~面白いじゃねえか」
「分が悪いみたいだけど、賭けるに値するね」
咄嗟に思いついたプランだが、あの二人が口端を歪めるほどお気に召すものだったようだ。
「まだやるの? 呆れた」
「黙ってなさいよ――お・ば・さ・ん!」
イラっときたので、私は若気の至りで罵倒した。
瞬間、女は声と表情を凍てつかせた。
タカヤとコウは吹き出していた。
クドとフドは歌うとの止めてしまい、腹を抱えて笑い出した。
オープン会話なものだから、カイザーの中から波動精隷の姉妹たちの笑い声が砲弾のように飛んできた。
蛇は溢れ出る笑い声に、新手の攻撃かと警戒して身構えている。
「お、おば、さ、し、失礼な、これでも若い!」
「うるさい、戦いを暢気に解説するおばさんは投射チーズの後頭部直撃で死んじまえ!」
私は操縦桿を捻り、巨神の五指で蛇の尾を掴み上げる。
蛇は口を裂けんばかりに開いては巨体に喰らいつかんとする。
私はペダルを深く踏み込んで靴底部クローラーを左右正反対に駆動させる。
右に、右に、右に、と巨神が蛇の尾を握ったまま旋回を開始する。
緩やかだった大気は徐々に震え、そよ風は次第に竜巻となる。
『ゆ、ユウミさん、せ、旋回するなら先に!』
「機械なんだからジャイロセンサー切ればいいでしょう!」
『そうではなく、機材の固定がまだなんですよ! 物資管理からそういう苦情が――』
『こっちは気合いで耐えているんだから、気合いでどうにかしなさい!』
ミィビィの悲鳴が届こうと私はバッサリ切り捨てる。
機械は三半規管に当たる部位を一時的に切れば目を回さない。
だけど人間は機械のようにON/OFFできない。
目が回ろうと気合いと根性で耐え続けなければならなかった。
「ああ、もうなんでこのコクピット、慣性制御のシステムがないのよ! 統合軍採用のコクピットブロックにはしっかりと搭載されているのに!」
操縦システムの外装は統合軍正式採用型だとしても、オルゴネイターの操縦を前提としている以上、生身の操縦は最初から想定されていないのは盲点だった。
今の構図はジャイアントなジャイアントスイング。
タカヤとコウは押し寄せる凄まじい風圧に吹き飛ばされぬよう嵐と雷のバリアを張って堪え忍んでいた。
「ユウミってさ、プッツンすると怖くね?」
「なんかもう色々と溜まっていたみたいだね」
優秀な集音マイクがタカヤとコウの肩をすくめた失笑を拾い上げる。
だから私は言ってやった!
誰のせいよ!
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